【エピローグ (新連載版 69話)】

木原さんのカフェにある、ダンジョンの穴の前。


「香織さん、行ってきます」

「行ってきます!」

「おう。今日も素材、どっさり持って返ってこいよ」


みんなで木原さんに挨拶して、暗い穴に飛び込む。



穴の中に入ると、草木に溢れる、のどかな風景が広がる。


今日で四度目の、木原さんカフェダンジョン。


このダンジョンに入らない日は、他のダンジョンへ行っているけれど。


やっぱりこのダンジョンが、一番落ち着くなぁ……。


そう思いながら、俺はダンジョンの探索を開始する。



「私、群れの方やります!」


「分かった。ヴァン、彼女の援護を頼んでいいかな。トカゲの方は、俺がやるよ」


「一人で平気か?」


「うん。群れの方を頼む」


「分かった。では私とミトとで、群れを迎え撃とう。リュイア、私から落ちるなよ」

「あいっ!」


緑色の皮膚のオオトカゲに出会ったと思ったら、背後から、ゴブリンの群れが押し寄せてきた。


このダンジョンではこれまでにも何度かあったことなので、特に驚きはない。


群れとは言っても、一体一体は力のないゴブリンだ。


あの日遭遇した、エリアボスとは雲泥の差だ。



あの日、俺たちが遭遇したというのは、本来ならば、このダンジョンの中でももっと奥深くのフィールドに縄張りを持ち、基本的にはそこから出てくることのない存在らしい。


それがなぜ、俺たちが探索していた、危険な魔物の少ない入口付近の場所まで現れたのか。


原因は大変申し訳ないことに……俺にあったとのこと。


エリアボスが現れる前、俺は黒パイプらしきものを持ったダイコンと戦った。


それまでに出会ってきた魔物よりもはるかに格上の相手で、俺は戦闘の中で、身体能

力がぐんとあがったり、今まで以上に自在に魔法が操れる感じなど、魔力とのより強いつながりを感じた。


だが魔力を今まで以上に解放した結果、俺はその魔力の気配を、周囲にまき散らしてしまったらしい。


俺自体のレベルこそ大したことはないものの、生粋の魔族であるリュイアとヴァンか

ら与えられた魔力の大きさには、途方もないものがある。


そのため、並々ならぬ魔力を感じ取った縄張り意識の強いエリアボスの群れが、わざわざ縄張りの外であるダンジョン入口付近まで現れるという、かなり珍しいことが起こったそうだ。



「クェ―!」

オオトカゲは俺を見るなり、緑色の火の球を吐いてきた。


俺は、自分の属性魔法を放った。

【雷球】

俺の右手の人差し指に嵌められた指輪が、青く光る。


俺が放ったカミナリ玉は、オオトカゲの緑色の火球を難なく相殺することができた。

【雷球】

 もう一発放ったカミナリ球で、オオトカゲを怯ませる。


【雷槍】

そして槍を出現させ、それを思い切り、オオトカゲに投げつける。


「グッ……」

オオトカゲが呻き声をあげる。


魔物の体から、黒い魂が抜け出て、それが光となって消えた。



エリアボスが現れるような深い場所に立ち入るようなことをしなければ、このダンジョンの魔物に命の危険を感じるような相手はいない。


俺の指にはまっている青い指輪は、木原さんから購入した魔道具で、自分の魔力の気配を隠すための魔道具だ。


これさえつけておけば、大きな魔力を使ったからといって、エリアボスがすっ飛んでくるような状況にはまず陥らないという。


それでも「無茶はしない」とみんなに約束したので、あの日以来、俺は無茶な戦い方はしないようにと心がけている。


魔法を繰り返し使ったり、魔物を倒すによって、俺自身のレベルが上がっていけば、自然とそのレベルに見合った魔法が使えるようになる。


せっかくなので二人からもらった莫大な魔力を活かして、使える魔法は積極的に使い、経験値をためることでレベルをあげていこうと思っていた。


そうすれば、またあのような危険な状況に陥ったとしても、今度は自分が本来使える魔法の範囲内で、敵を倒すことができるようになるだろう。


ちなみに、買わせてもらった指輪は2万5千円とそこそこのお値段がしたが、全く躊躇する必要はなかった。


このダンジョンから持ち帰った魔法石や、魔物の肉などを買い取ってもらった額を考えると、十分にお釣りのくるものだったからである。


生活費に関しても、当面は心配する必要がなくなってしまった。



「ケィタ、こっちは終わったよー!!」

二人を載せたヴァンが、こちらに走り寄ってくる。


「終わった?」


「ああ」隣にやってきたヴァンが答えた。


「ごめんね、大変な方任せちゃって」


「いや」とヴァンは首を振った。


「お疲れ様です、け、圭太さん」


「お疲れ様、美都」


「……はい」と彼女ははにかむ。


まだこの呼び方には、互いに慣れない。


木原さんに注意され、改めた呼び方だった。


ダンジョンの中ではとにかく信頼関係が大事で、だからこそ、いつまでも打ち解けず、「苗字」に「さん」付けで呼び合ってはだめだと。


俺は、「呼び方ひとつでそんなに信頼関係が変わるかな……?」と半信半疑だったが、美都がいないときに、木原さんから本当のことを聞かされて納得した。


「単刀直入に言うとな、美都は友達が少ないんだ」と木原さんは言う。

「本人は気にしてない感じだけど、内心ではめっちゃ気にしてる」


そういえば、と俺は思った。確かに彼女には、そんなふうに見受けられる瞬間が何度かあった。


話してみるととても明るい子だし、友達が少ないようには決して思えない。


だがぱっと見では、ちょっとクールめに見られがちな容姿なのかも、とも思った。


俺たちが最初に「氷姫」として出会った印象もあるとは思うけれど、それを差し引いて考えたとしても、彼女の凛とした容姿から、リアルでも近寄りがたいと感じる人は案外少ないのかもしれない。


「な。そういうわけだから、彼女は信頼できる友人関係――特に、ダンジョンのことも話すことができる仲間という存在に飢えているんだ」


「なるほど」


俺も友達が多い方じゃないから、その気持ちはよくわかる。


「というわけで、まずは形だけでもいいから、打ち解けた感じで話してやってくれ。敬語は使わずに、美都にも、『敬語は使わなくていいよ』と藤堂の方からも言ってやってくれ」


「分かりました」


「そして、苗字じゃなくて名前だ! あと、『さん』『ちゃん』もつけなくていい」


「それは……さすがに馴れ馴れしくないですか?」


「いや、それくらいしないと、美都は遠慮しぃなんだ。彼女の背中を押すつもりで、藤堂の方から砕けた態度で接してやってくれ」


「分かりました」


「じゃあ、美都って言ってみろ」


「……ここでですか?」


「ああ、もちろんだ」


「……美都」


「ふっ」


なんで笑われたんだ。


「よし、それでいこう」

こうして俺たちは、互いの呼び方を改めることになった。



「ゴブリンの方は大丈夫だった?」


「はい。あ、うん」と彼女は笑った。「数はそれなり……だけど、一体一体は大したことない、から」


「そっか」と俺は頷いた。


「ヴァン、周りに目立った気配はある?」


ヴァンはくんくんと鼻を利かせ、「いや、ないな」と教えてくれた。


「そっか。じゃあここら辺で昼休憩にしたいと思うんだけど……」


「賛成、賛成!」とリュイアがもろ手を挙げる。


「リュイア、お腹空いちゃった」


その様子を見て、美都がクスクスと笑った。

「そうだね。じゃあ、食べよっか」


「ああ」とヴァンも頷く。



「じゃーん!」


リュイアが、愛用のガフガフちゃんポシェットから、布製のピクニックシートを取り出して広げる。


草原の上に広げると、俺たちは腰かけ、持参した弁当を開いた。


「何から食べる? リュイア」


俺が尋ねると、リュイアは満面の笑顔で言った。

「鮭おにぎり!」

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