『先制さいみんじゅつ』

「久しぶりのお客様ですな。ささ、こちらへ。お疲れでしょう、一先ずお休みになってはいかがですか?」


 温和な表情を浮かべる、どこか不気味なその老人はビルの中に向かい腕を差し出す。しかしその手を気軽に取る気にはならなかった。


 だって絶対ヤバいじゃんここ。まともな宗教団体は人肉で柱を作らない(確信)。滅びた世界を緑化で救済しようといいながら人類滅亡を狙う系の悪役だよ。しかも清塩ってなんだよ。意味わからん情報塗れなのにそれに加えていきなり休むのを推奨してくる。ホラーそのものだ。だから老人の提案を無視し俺は話を切り出す。


「その前に俺達は非距離依存式第7世代反応塔だったか、それを使わせて欲しいからここに足を運んだんです。あなたは鎧装連合の一員なのですか?」

「如何にも。ただし最後の役員が死んだ今、鎧装連合は完全に崩壊しました。我々は残った者の総意によりこの地を引き継いだのです」


 役員の死、総意。恐ろしいワードばかりである。老人が俺達の警戒している様子を無視しているのか理解できないのかはわからない。彼はまるで俺達が老人の歓待を大歓迎で受け入れているかのように話を進めた。


「ええ、古いものになりますがベッドと寝室を用意しております。後ろの方もお疲れのようですし是非ゆっくり体を癒やして頂ければと」


 ブルーと目を見合わせると彼女はこくん、と頷く。その端正な顔に疲れが浮かんでいるようには見えない。だが確かにホワイトエンドミル社に潜入、その後自動操縦も使ったとはいえ逃走を何日も続けたのだ。俺みたいな不死身とは違う、精神の疲労は相当のはずだ。だからこれは彼女が我慢強い、という話なのだろう。人造人間がどれくらい疲労に耐性あるのかはわからないけど。


『こうい手合いは自分を否定されるとキレるが、肯定しているうちは優しいタイプだ。手の内が分からない以上客人として調査するのが得策だろう』

『若干通信が遅いからリアルタイムでの援護は難しいな。一応毒物検知のプログラムとかは送っておく。ブルーが寝てるうちは禁忌兵装を展開して護衛しておけ』


 耳元からそう掲示板民からの指示が飛ぶ。老人の瞳孔はずっと開いたままであり正直関わり合いになりたくない。だけど反応塔とかいうやつが必要なのは事実だし初手で暴力に走る必要性も感じられない。


 禁忌兵装を眼鏡のように部分展開し視覚と聴覚を強化する。老人の方に向き直り俺は頭を下げた。


「よろしくお願いします、田中太郎です」

「ブルーと申します」

「これはこれはご丁寧に。儂の名は改円です、こちらの二人は変祈の前であるため人ではありませぬ。ご自由に利用していただいて結構です」


 全員が互いに頭を下げる。嫌なワードは幾つか飛び出したがそれを無視し俺は笑顔を浮かべる。改円と名乗る老人はビルの中に入っていく。その後ろを人ではない、と言われた少女二人が追う。困惑しながら俺達は中に入った。そして中を見てその異常な光景に声を上げる。


 子供が絵の具をぐちゃぐちゃにぶちまけた、と表現するには妙な規則性のある空間だった。壁や床には数多の色が複雑で不気味な文様になるよう塗りたくられている。虹を折り畳み汚したようなその空間の気持ち悪さに思わず口を押える。


 だがそれだけだった。近代アートと言うには美しさの少ないそれを改円たちはまるで何事もないかのように歩く。後ろのブルーはこの空間を見るのが嫌なのか目をつむり俺の袖を指でつまむ。改円はこちらを見て微笑ましそうに笑った。


「仲が良いようですな」

「まあ共通の目的はホワイトエンドミル社本社襲撃、という物騒な関係ですがね」

「いいや、素晴らしいことですぞ。廃塩を生み出し清めることをせず、挙句の果てに先人の道を踏みにじるという行為、許される事ではありません。反応塔も本日起動し3日後には使用可能状態にしておきましょう」

「……ありがとうございます」


 ブルーとの関係を適当に誤魔化そうとすると思わぬ全肯定を受けてしまう。話の内容的にホワイトエンドミル社の目的は知っているようである。確かに鎧装連合の役員が死んで情報を引き継げばこの話が出てきてもおかしくない。しかも思想的にはやはりホワイトエンドミル社とは敵対している、という点も判明し少し安心する。


 凄く不気味な相手だと思っていたが協力は出来そうだ。そう安心し息を吐いた瞬間耳元から合成音声が響く。


『視覚伝播型ミーム『清塩教』のアンチプログラム生成完了! 身体改造してる視聴者は直ぐに導入しろ!』

『ブルーは無事だ、ミームにシステムを汚染される前に視界をシャットダウンしている! 田中太郎、気を付けろ。その壁や廊下の文様は全てがプログラム、機械化された視界と神経系を介し脳を特定の方向に変質させる!』


 ……うん、初手でさいみんじゅつを撃つのは人間として許されないと思う。




―――――――――――――――――――――――――――――――――

『視覚伝播型ミーム』

対象をハッキングする方法は日々進歩し続けていた。その中で編み出された方法の一つが絵としてプログラムを記述しその情報を取り込む際にウイルスとして構成するという手法である。開発初期は猛威を振るい一時期は機密情報の漏洩が相次いだがセキュリティ側の進歩により比較的対処が行えるようになった。ただし改円のものはそれよりも進歩している。


あと何話かのんびり?したらいよいよ最終決戦突入です。

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