『最悪の結末』

 え、なんでイエローも一緒に投げ込まれいるんですか。そんな疑問が出てくる暇もなく彼女の姿は消え、太い放電が無秩序にばら撒かれた後装置は停止する。ぷしゅう、と煙が出ている位相差保持回路とやらは壊れてしまったようだった。


 ……壊れたの!?


『帰る手段消えた件について』

『まあ数百年使った上に変な動作したから……』

『マジで帰れるのかあれ!!! ちょっと近場のホワイトエンドミル社襲撃してきます』

『>>123 返り討ちにあうからやめとけ』


 掲示板と俺の混乱は加速する。名無しのチンパンジーと時代近いから一緒に帰れるかもと思っていたのに。がっくりと肩を下ろす俺の隣を上級個体が歩く。その体は深く傷つき右腕は失われている。左足は膝が潰れ曲げることが出来なくなっていた。


「お前の勝ちダ、『†最後の英雄†』」


 うん、もう安価終わったし嘘だと言ってもいいんだけれど。あるいはこいつは薄々この嘘に気づいているのかもしれない。だが気づいたうえでその方が都合が良いから目をつぶっている可能性もある。急に襲ってきたパンイチ乳首絆創膏に負けた、より脅威度Sに負けたと言う方が処罰は軽いだろうからな。


 この場に守るべきものがないと判断した彼は去ろうとする。背後から強襲をしかけるかと少し考えやめる。俺を倒さなければいけないからこそこの結果だ。縛りから解き放たれた今、悠々と回避されるだけではなくブルーを人質に取られる危険が再び生まれてくる。


 自分の体に目を向けると禁忌兵装の黒い装甲が傷まみれになっていた。ただしそれらは関節部のみに集中している。再生を続ける装甲の煙を払いながら上級個体に声をかけた。


「気を付けて帰れよ」

「貴様が珍妙な格好で走り回る映像、本社にしっかり届けるとモ」

「やっぱ今ここで消しておくべきだな!」

『会議室であの映像を眺めるお偉方、見てみたいです』

『最悪の会議』

『パンイチ乳首絆創膏について真面目に話し合うんですね』


 まあ記録が本社に行っているのは間違いないので今更だが。俺達がこれだけ長距離の通信をラグなくできているのだ。その技術は当然ホワイトエンドミル社も持ち合わせているはずで。とぼとぼと去っていく上級個体の姿を見送る。それを見送っていると上級個体が去った方向とは逆からブルーが顔を出す。俺達の戦闘で生まれた穴を辿って来たらしい。彼女は呆れた様子で周囲を見渡す。


 酷い有様だった。半径数百メートルが滅茶苦茶に砕け散っている。樹脂管は悉くへし折れむき出しになったコードが火花を散らす。床も天井も穴が数多空いており階という概念は半分消え失せていた。


「禁忌兵装が強いとは聞きましたがここまでだったとは知りませんでした」

『理論上軍隊を相手どれるからな。というか転換砲を掻い潜って単身で敵陣地を壊滅させるのがこいつのコンセプト』

「転換砲搔い潜るって……そういやこれ、あの光受けても耐えてたな。でも上級個体の刃貫いてたぞ」

『正確には耐異塩膜と言うのがありましてね、あいつはそれを普通の刺突で突き破ってから変換をしてたのです』

『戦車砲直撃を耐えれるあの装甲が何度も破れるの恐怖なんだが。あの執行者はやく廃棄してくれ』


 禁忌兵装への感想を言い合いながらいえーい、とハイタッチする。禁忌と名前が付くの、邪悪だからかと思いきや普通に性能も凄まじかった。車を遥かに超える速度で走り分厚い壁を一撃でぶち抜く脚力。そして何より全てを切断する大剣。


 ふと温度の違う視線を感じる。ブルーの目だ。俺の摩耗を心配する視線。今の自分を再確認する。体の感覚良し、やる気良し、痛覚良し。だが逆にこれからが問題なのだ。無限に続く何も起こらない滅亡世界。その落差こそが摩耗を生み出す。装甲に覆われ表情が見えないからわざと大げさに手足を動かした。


「摩耗は今問題ないぜ。というかそれ気にしてる場合じゃない、帰る手段が出来たんだからさ」

「その奇行、摩耗より頭の方を心配したほうがよさそうですね」


 そう言い終わった後彼女はぺこりと頭を下げる。あまりにも素直なその姿に困惑する。


「ありがとうございました。お陰でお母様とイエローを帰らせることが出来ました」


 ぽつりと彼女の足元に雫が落ちる。その声は震えていた。彼女からすればそうだ。摩耗していく名無しのチンパンジーを救う可能性のある手段。何もないこの世界から元の場所に戻す。誰一人として出来たためしがないため未知数だが、少なくともこれ以上は摩耗することはない。むしろ数多の情報や懐かしい景色に心が動く可能性も高い。


 まあそれはさておきとして。


「え、どうしてイエローも? というかブルーは行かなかったのか?」

「彼女には社則を消した後、お母様を助けるよう入力しました。戻った先にお母様を助けてくれる人がいるとは限りませんから」


 そしてブルーはふっと笑う。少し険しい雰囲気が取れ少し恥ずかしそうにその言葉を口にした。


「それにあなたを一人でおいていけないじゃないですか」


 どう反応して良いか分からず戸惑う。えーっと、ありがとうと言えばいいのか茶化せばいいのか。それとも別の選択肢か? ガチっぽくしすぎると後々困るぞ。困惑する俺を他所に掲示板は大いににぎわう。


『告白だ!』

『まあブルーちゃんハックの知識あるから一々指示しなくてもやってくれるから優秀なんだよね。そこのパンイチ乳首絆創膏がやると壊れたロボットアームみたいになるだろうから』

『ひゅーひゅー、このまま押し倒しちゃう?』

『抱け―――――っ!』

『S〇X!』


 くそ恥ずかしい。野次馬の低レベルさがその感情をさらに向上させやがる。余りもの酷さに禁忌装甲の脚力で壁をどんどん叩き壊しながら俺は抗議した。


「うっせーわかってんのか! 物語の最低の結末って言うのはな、しょうもない下ネタなんだよ! いくら経過が良くてもその下品さに全てが台無しになる! 今お前らやってるのはそれ!」


 ブルーが素に戻って赤面し、顔を俯かせるのを横に叫ぶ。うんマジで恥ずかしい。下品すぎるだろこいつら。もう野次馬共を完全無視し俺はブルーを抱きかかえた。えっ、とか細い声を漏らす姿から目を逸らし跳躍の準備をする。


 色々あったが帰る手段が見つかった。戦う手段が見つかった。4人助けることが出来た。それだけで十分な収穫だ。次にやるべきことは決まっている、俺達全員の帰還だ。この装置が複数あるということは襲撃すればもっと見つかる。そいつを使って元の世界に帰るのだ。


 覚悟が決まる。そして耳から聞き逃せない声が飛び込んでくる。


『パンイチ乳首絆創膏で帰ろうね。禁忌兵装自体がレギュ違反だし』


 ブルーと目を合わせる。数多の攻撃で傷を負った俺の装甲は再生が始まっているとはいえズタボロである。そして当然ながら禁忌兵装の下にあるそれも既に破けていた。ブルーを降ろし彼女の視界の外に外れた後禁忌兵装を解除する。そして崩れ落ちた。やらねばならぬのだ。俺は皆に約束したのだから。自然と上級個体の前で口にしたセリフが浮かんでくる。


「ゴールの決まった戦い。どちらが苦しいのかは言うまでも無く、だからこの程度に負けて顔向けできない自分にはなりたくはない……!」



 その後の記憶はない。あるのは全裸帰宅編という謎の録画データだけであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



最悪の結末。それこそが田中太郎のスタイル by作者


『イエロー』

彼女視点からすると過去に転移している状態である。当然修復力が働くため向こうでは再生力を得ることが出来る。そしてこれは1例目ではない(だからお姉ちゃんが7本義手スタイルになれる技術がある)。


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