3-4 テロリスト


 主催者の男は仮面の人物に羽交い締めにされて震えていた。


「だ、誰か助けてくれ!」


 途端に人々はパニックになり、外に出るため我先にと出口へ無様に走っていくが、会場を包むエクソダスの結界に阻まれて外へは出られない。


 スーツを着た警備の魔法騎士たちが仮面の男を捕らえようと前へ出る。しかし主催者の男性を人質に取られて攻撃魔法が使えず、手をこまねいていた。


 続いて会場入口に直径2メートルほどの丸い黒い穴が空き、そこから短機関銃型魔銃を装備した兵士がぞろぞろと三十人ほど現れた。警備の騎士より人数が多い。昨日ハガモリヲ氏を殺害したエクソダスだと誰もが確信した。


 エクソダスは強固な騎士団の結界を破って転移魔法で侵入してきたのだ。神出鬼没なのは転移魔法で奇襲してくるためだった。結界はエクソダスのものに張り替えられているし、転移魔法の門もすぐに閉じたため内側から脱出するのは難しい。


 相手はテロリストだが、パーティーの参加者は魔法使いだ。全員が戦力となり得る。参加者の一部がエクソダスに魔法で立ち向かった。しかし魔力弾を放とうと掲げた彼らの手からはなんの現象も起きなかった。

 エクソダスが彼らに向けて拳銃型の魔法妨害装置を使用していた。目に見えない波動が魔法使いの魔法使用を妨害する。

 エクソダスは非魔法使いの集団だが、魔法道具を用いて魔法使いに対抗しているのだ。

 エクソダスの兵士たちはパーティーの参加者たちを囲み、人質とした。魔法騎士はさらに動き辛くなる。


「我々はエクソダスである。全員武器を捨てて降伏しろ。魔法至上主義者以外は殺さない。抵抗すれば無駄な血が流れるだけだ」


 エクソダスの指導者アロンと思しき仮面の人物は降伏すれば命の保証をすると言う。これまでエクソダスは魔法使いも大勢殺してきたが、殺されたのは魔法至上主義者やそれに加担するものだけで、関係のない者を殺したりはしないようだが、テロリストのことは信用できない。


 騎士団は魔法を使えないし、人質も取られており、思うように動けず、パーティーの参加者たちと共に手錠で拘束されてしまう。魔法の使用を阻害する手錠のようで、拘束された魔法使いたちは魔法を使えなくなってしまった。


 死傷者はまだ出ていないが、エクソダスは魔法至上主義者を殺すことが目的のため、これから何をされるかわからない。それでも突然大勢が虐殺されるよりはマシだった。


 ステージと出入り口から少し離れた位置に椿姫たちはいた。戦おうにも人質がいるし、敵は魔法阻害を使ってくるしで、こちらも身動きが取れなかった。市長と自治区長はカサノヴァの指示でソファの後ろに隠れている。

 

「敵の狙いはおそらく二人だ。今のうちにやっておくか」


 カサノヴァが懐からデッサン人形を取り出して、ソファの裏に放り投げた。その人形は風船のように膨らみ始めたと思えば形を固めていき、市長と自治区長に寸分違わない容姿になった。その人形たちは勝手に動き、本物の二人とそっくりに振る舞い出した。違いがあるとすれば魂の有無だが、それを見分けられるのは椿姫のように魔眼を持つものだけで、非魔法使いのエクソダスには不可能だ。


 お次は床に伏せた本物の市長と自治区長に向かって指をパチンと鳴らした。すると二人は忽ち全く別人の女性の姿に変身してしまった。カサノヴァはエクソダスが市長と自治区長を狙うと考え、別人に変装させて、囮としてそっくりな偽物を作ったのだ。

 

「これくらいしかできることはないかな。まさか空間転移で侵入してきて、騎士団の結界を自分達の結界に塗り替えるとは恐れ入った。それに人質を取られたらお手上げだよ」


 円卓の騎士カサノヴァでさえも打つ手なしだった。魔法騎士団の結界すら貫通する転移魔法など想定外だ。外に警備がいても意味がないし、結界に阻まれて応援もすぐには来られないだろう。そして中の警備も無意味だった。魔法が使えなければ魔法使いはただの人だ。銃で簡単に殺せる。


「ダメです。優子さんにも連絡できません」


 椿姫は優子のお札に魔力を込めるが結界のせいで連絡は阻まれる。エクソダスの結界がある限り優子がこちらを助けにくるために転移することもできないだろう。


「アリス、何か策はないのかい? ほら、この前は色々仕込んでいただろう」


「わたしが主催のパーティーではありませんし、騎士団が仕切っていたので、手札は多くありません」


 多くないということはいくらかはこの状況をなんとかする手段があるということだ。椿姫はこの状況でも揺るがないアリスの精神力と強かさに感服した。


「一度だけなら敵を錯乱させられます。カードの切りどころは援軍が結界を破って中に入ってきた時がベストですが、エクソダスが誰かを殺そうとするならそこで使います。その場合、中の戦力だとエクソダスに勝てるかは賭けになりますが、魔法至上主義者といえど見殺しにはできませんから」


 腹黒で冷酷極まりないサディストだと優子はアリスを評していたが、常に彼女は誰かを助けるために行動していた。


「ひとまず大人しく言うことを聞くしかないか」


 円卓の騎士のカサノヴァがいるため、戦えば敵を倒せるだろうが、その際は人質に多くの死傷者が出るだろう。それだけはあってはならない。少なくとも、投降すれば死傷者は最低限で済む。

 椿姫たちも他の者と同じように手を上げてパーティー会場の真ん中に集まり、手錠で拘束された。


「全員拘束しました」


 エクソダスの兵士がアロンに報告する。


「───ではこれより、魔法至上主義者の処刑を行う」


 人の恐怖を煽る奇妙な声でアロンは告げた。

 誰が魔法至上主義者かどうかなど相手の都合で決まることだ。小さく悲鳴を溢したり、自分が選ばれないように震えながら祈る者もいた。


「まずはアーク自治区長の鳩舟とサイタマ市長の武蔵だ。立て」


 女性に変身した二人がビクリと震えたあと固まる。カサノヴァの予想通り、エクソダスの目的は自治区長と市長のようだ。人形が代わりに処刑されている間、時間を稼げる。

 二人の代わりにカサノヴァが用意した人形が怯えながら立ち上がった。挙動もそっくりで誰一人としてそれが人形だとは気がつかない。


「私たちは魔法至上主義者ではない。君たちのやり方は肯定できないが、同じく平等な世界を目指している」


 偽物の鳩舟が抗議する。人形だが言葉を発することが可能で、その声も本人と同一だ。


「アーク合併により、さらにサイタマ市は魔法使いによって支配されることとなるだろう。それを我々は許容できない」


 アロンは鳩舟の思想は否定しなかったが、その方法は否定した。鳩舟が言論を用いる政治家なのに対して、アロンは暴力を用いるテロリストだ。お互いに平等な世の中を目指しているが、相容れることはない。

 椿姫はふとアロンに違和感を覚えた。こうして目の前で話しているのを真剣に視てみると、テレビ越しと違うのは当たり前なのだが、別人のように思えた。感覚的なものなのだが、魂が違う気がした。


「二人とも前に出ろ。ゆっくりだ」


 エクソダスの兵士が撮影機材を設置して二人をステージ上に跪かせた。これから二人を処刑する瞬間を放送するつもりだ。


「これよりサイタマ市長とアーク自治区長の粛清を行う。彼らは魔法使いによる支配を助長する大罪人である」


 アロンも壇上に上がり、カメラの前で話し始めた。再びネットや電波を通して世界中に残酷な映像が拡散されることになる。

 アロンは拳銃をアーク自治区長の後頭部に突きつけた。


「最後に言い残すことはあるか?」


「我々は暴力には屈しない」


「我々もまた魔法と権力には屈しない」


 自治区長の最後の言葉に返答したアロンは躊躇いなく引き金を引いた。ホールに発砲音を響かせながら、凶弾が自治区長の頭蓋を貫いた。

 鳩舟自治区長だったものがまるで糸の切れた人形みたく土下座をするように力なく床に顔から倒れた。頭の穴から溢れ出た脳漿と血液がステージから下に流れ落ち始めた。しばらく遅れて女性が悲鳴をあげ、泣き出した。

 カサノヴァとアリスは演技で残念そうにしている。本物の自治区長は変身した女性の顔を真っ青にしていた。椿姫は処刑を目の当たりにしたが、やはり人形に魂はなく、死を実感できないため、驚きはしたが、なんとか持ち堪えられた。

 

「次だ」


 アロンが冷酷に告げた。兵士に腕を掴まれて市長も壇上へと引き上げられる。


「……ああ、鳩舟さん」


 市長は隣に転がる自治区長の亡骸を見て嘆く。目を瞑り最後の時を待つ。もうできることはなかった。

 

「市長、あなたは非魔法使いだ。だが、良からぬ企てをし、魔法使いの支配を助長しようとした。その罪は万死に値する。よってここに粛清を行う。最後に言いたいことはあるか?」


 市長は頭に拳銃を突きつけられた。この状況で言葉を発するのは難しい。しかし人形は本物の市長の言葉を代弁した。それは市長が本当に処刑される間際になっても言論で意思を主張できるということの証明だ。


「皆さん、私と鳩舟さんが死んだとしても、合併を中止にしてはなりません。彼が言った様に暴力に屈してはならない。必ずこの最初の一歩を成功させてください。いつか全ての魔法使いウィザード非魔法使いイマジンが平等になり、手を取り合う世界が来ると信じています」


 最後の言葉を言い終え、数秒の沈黙の後、銃声が響いた。市長もまた射殺されて自治区長の隣に倒れた。


「シマムラ氏を前へ」


 人を殺したことを何とも思っていないようで、アロンは次の殺害対象の名前を告げた。兵士がジタバタする中年の男性を引きずりながら壇上に上げようとする。彼は今回のパーティーの主催者だ。


「彼は魔法至上主義者である。昨日我々が通告したというのに愚かにも本日富豪たちで集まり、パーティーを行った」


「やめろ! 離せ! 違う、俺は魔法至上主義者じゃない!」


 魔法至上主義者の処刑が始まるようだ。彼は先程市長をコソコソと詰っていた連中の一人のため魔法至上主義者なのは間違いないだろうが、だからといって殺すのは間違っている。アリスはカサノヴァと目配せした。


「イヤだー! 死にたくない!」


 シマムラ氏に注目が集まる中、アリスは隠し持っていた機械のスイッチを押した。すると天井や床から白い煙が吹き出してあっという間にパーティー会場を包んだ。


「無駄だ、対魔法装備は魔法で生成された煙幕も無効化する」


 エクソダスの兵士は魔法妨害装置だけではなく、魔法の効力を弱める防具を身につけていた。この防具には不魔導体と呼ばれる魔力を通さない物質が使われている。

 この時代、ありとあらゆるものに魔法が関わっている。もちろん兵器の生産にも魔法が用いられていた。


「なに!?」


 エクソダスの兵士の視界は曇ったままだ。この煙は魔法とは何の関係もない『ただの煙幕』だった。アリスはエクソダスの裏をかいたのだ。

 悪くなった視界で味方に当たる恐れがあるためエクソダスは発砲できない。しかし魔法妨害装置と手錠があれば会場の魔法使いもまた何もできな───はずだった。

 

───パンッ!!


 突如銃声が響く。撃ったのはエクソダスではない。カサノヴァだ。

 カサノヴァはいつのまにか袖に仕込んでいた針金一本で手錠を解錠しており、手には拳銃を握っていた。その弾丸はエクソダスの持つ拳銃型の魔法妨害装置を破壊していた。魔法が使えなくても銃なら使える。それも対魔法装備にも通用する『ただの拳銃だ』。


 カサノヴァの銃声を狼煙にして魔法使いの反撃が始まった。エクソダスが煙幕で混乱し、一時的に魔法妨害から解放された魔法使いたちの手錠をカサノヴァが破壊する。これで魔法使いは魔法が使えるようになった。


 一箇所にまとめて拘束されていたため、却って仲間を守りやすく、魔法使い側が有利になる。煙幕の中でも魔法使いは魔法で視力を強化して不良な視界でも戦える。凄まじい精度の射撃でカサノヴァが次々に魔法妨害装置を破壊していき、騎士団はエクソダスを倒していく。いくら対魔法の防具といえど、威力を弱めるだけで、アキラのように完全に魔法を無効化はできないため一方的に攻撃すれば突破できた。

 

 立てこもり戦の際は前線で戦わなかったアリスも、穂先に十字架の装飾が施された幻装の杖を取り出して魔力弾で戦闘している。


「……大丈夫、大丈夫。お天道様が見ていてくれる」


 母から教わったおまじないで自分を鼓舞し、椿姫も幻装の梓弓でエクソダスの武器を破壊する。魔眼を持つ椿姫は煙幕の中でも精密な狙撃ができた。初めての実戦は恐いが、戦うしかない状況が彼女を奮起させていた。

 

「愚かな」


 ステージ上でアロンが嘆いた。仮面の先導者が蛇の杖を振るうと煙幕は一瞬で吹き飛んだ。


「仕方あるまい。パーティーの参加者たちは全員処刑だ」


 アロンの慈悲もこれまで。魔法使いたちを隠すものはなくなり、エクソダスの銃撃が開始された。魔法使いたちは協力して防御魔法を展開し、周囲を銃弾から守るが、防戦一方でこのままではジリ貧だ。


「我は喰らうものなり」


 アロンが杖を防御魔法に向けて掲げる。すると魔力の壁に亀裂が入り、防御魔法が徐々に破壊されていく。防御魔法が剥がれていくに連れて、逆にアロンの攻撃力は増していくのを椿姫は感知した。


「防御魔法の魔力が敵に吸収されています!」


 椿姫が周囲に伝える。アロンは相手から魔力を吸収する能力を持っているようだ。カサノヴァは苦い顔をした。


「こいつはマズイ。暴食の王か。相性が悪いな」


 カサノヴァが防御魔法の展開に加わりなんとか持ち堪えるが、アロンの魔力吸収攻撃はまだ続いている。


「アリス、他に手はないのかい? ボクはこの手の防戦は不得手でね。あまり期待できないよ。このままだと全員お陀仏になる」


「優ちゃんとアキラちゃんが来てくれます」


 こちらから外の状況はわからないというのに、絶対の確信を持ってアリスは断言した。ただ単純に彼女は二人を信頼しているからだ。椿姫もまた二人が来てくれることを祈った。

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