36. 私が魔王です
青いローブ姿の二人は教会までやってきた。
すでに陽は落ち、こじんまりとした三角屋根の建物には
入口にはすでに大勢の純潔教の信者が行列を作り、ベンもベネデッタと共に最後尾についた。
ベンは男だということがバレないように、辺りを気にしながらそっとフードを深くかぶりなおす。
前に並んでいる女の子は友達と一緒に来たようで、楽しげにガールズトークをしながら順番を待っていた。
これから街の人たちを虐殺するテロリストのはずなのに、なぜこんなに楽しげなのかベンには理解できない。この軽いノリで次々と人々を殺していくのだろうか?
彼女たちが自分を襲って来るのなら殺すしかない。しかし、ためらうことなくこの娘たちを粉砕なんてできるものだろうか? 彼女たちはゴブリンじゃない、可愛い女の子なのだ。社会の理不尽さ、狂った現実にベンは押しつぶされそうになる。
すると、ベネデッタが震えるベンの手をそっと握り、優しく微笑んだ。その瞳には確かな覚悟と限りなき慈愛がこもっている。
ベンはハッとして大きく息をついた。
そう、自分たちは街の人を、この星を救うためにここにいるのだ。敵は教祖ただ一人、心を乱してはならない。
ベンは何度か大きく深呼吸をし、グッとこぶしを握り、ベネデッタを見てうなずいた。
◇
やがて二人の番がやってくる。
シアンに髪の色と目の色を変えてもらったベネデッタが、おずおずと招待状を受付嬢に渡す。ブロンド碧眼は茶髪黒目になってしまったが、それでも気品ある美しさは変わらなかった。
受付嬢は、チラッとベネデッタの顔を見て、招待状の番号を確認し、
「はい、9436番! お名前は?」
と、いいながらシートに何かを書き込んでいる。
えっ?
名前を聞かれるなんて聞いていなかったベネデッタは、引きつった顔でベンと目を合わせる。
しかし、ベンもそんなことは聞いていないからどう答えたらいいか分からない。この招待状を
ベンは顔面蒼白になってブンブンと首を振る。二人は極めてヤバい事態に追い込まれた。
すると、ベネデッタは意を決して、
「シアンです」
と、目をつぶったまま言い切る。
「えーと、シアンちゃんね。ハイ、OK!」
そう言ってベネデッタにネックストラップを渡した。
なんという洞察力と度胸。ベンは目を丸くしてベネデッタが通過していくのを眺めていた。
しかし、自分は何と答えたらいいのか?
【ベン】は明らかに男の名前だから違う。だとしたら何だろうか?
魔王が登録しそうな女の名前……。
全く分からない!
ベンは頭が真っ白になった。
「はい、9435番! お名前は?」
受付嬢が聞いてくるが、答えようがない。ベンは目をギュッとつぶり、途方に暮れる。
名前が違うということになれば明らかに不審者だ。警備の者が呼ばれ、ここでドンパチが始まってしまう。
そうなると、もう二度と集会潜入などできなくなり、テロの阻止の難度はグッと上がってしまう。
くぅぅぅ……。
万事休す。
ベンは大きく息をつき、意を決すると金属ベルトのボタンに手をかけた。
騒がれたらすかさずボタンを押し、入り口をダッシュで突破し、一気に会場に突入。そして、教祖を見つけ次第もう一回ボタンを押して瞬殺する……。
できるのかそんなこと?
ドクンドクンと心臓が激しく高鳴り、冷汗がたらりとたれてくる。
「早く、名前!」
受付嬢はイライラした声をあげる。
仕方ない、勝負だ。
ベンは大きく息をつき、覚悟を決め、受付嬢をじっと見据えると。
「魔王です」
と、言ってニヤッと笑った。潜入する受付で【魔王】を自称するとは余程のお馬鹿だが、もう女の子の名前なんて一つも思い浮かばなかったのだ。
受付嬢はギロリとベンをにらみ……、ニコッと相好を崩すと
「ハイハイ、マオちゃんね。ハイ、OK!」
そう言ってストラップをベンに渡した。
え?
殺し殺される凄惨なシーンを覚悟してたベンは肩透かしを食らい、目を真ん丸に見開いて固まる。
「早く受け取って!」
受付嬢はキッとベンをにらみ、ベンはキツネにつままれたように呆然としながらそっとストラップを受け取った。
正解が【
◇
ベンは会場内に入り、コンサート会場のような観客席に座ると、
「ちょっと、魔王たち何なんですかね? 情報はしっかり伝えるのが社会人の基本じゃないんですかね?」
と、小声でベネデッタに愚痴を言う。
「きっと名前のチェックがあるなんて思ってなかったのですわ」
ベネデッタはなだめるように返す。
ベンは肩をすくめ、渋い顔で首を振った。
見回すと大きなステージに広い観客席。もう七割くらいは席が埋まっているだろうか? あの小さな教会の中がこうなっているだなんて明らかに異常である。やはり管理者権限を使った異空間なのだろう。一度閉じられたらもう教祖を倒すまで逃げられないし、助けも期待できない。
見渡す限り全ての女の子が敵なのである。ベンは改めて強烈なアウェイにいることを感じ、胃がキリキリと痛んだ。
そんな様子を見ながらベネデッタは、
「これが終わったら日本ですわ。大きなお屋敷を買って一緒に暮らすっていかがかしら?」
そう言ってニコッと笑った。緊張をほぐそうとしているのだろう。少女に気を使われる三十代のオッサンという構図にベンは苦笑いしてしまう。
ただ、ベネデッタがイメージしているのは離宮のような屋敷なのだろうが、日本にはそんなのは売ってない。
建てるか? 百億で? どんな成金だろうか?
そんなことを考えてベンは思わずクスッと笑ってしまった。
「あら、お嫌ですこと?」
ベネデッタは口をとがらせる。
「あ、いやいや、楽しみになってきました。ベネデッタさん好みの素敵なお屋敷を建てましょう。バーンとね!」
ベンは両手を広げ、ニコッと笑って言った。
ベネデッタはほほを赤く染め、うなずく。
と、その時、急に照明が落とされ、ステージの女性にスポットライトが当たった。いよいよ運命の時がやってきたのだ。
二人はハッとして食い入るようにその女性を見つめた。
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