34. メイドの適性検査装置

 それから一週間、ベンは毎日便意に耐える練習を繰り返した。十万倍を出すとどうしてもすぐに意識を失ってしまうので、何とか意識を失わない方法はないかと一人トイレに籠って試行錯誤を繰り返す。


 何しろ十万倍で教祖を討たない限りこの星は滅んでしまうのだ。その重責に押しつぶされそうになりながら孤独に便意と戦っていた。


 屋敷のメイドたちはその奇行を見て不思議そうに首をかしげる。


 トイレで気を失い、しばらくしてげっそりした顔で出てきたベンに、赤毛のメイドが聞いた。


「ご主人様何をされているんですか? そろそろお部屋に呼ぶ娘を決めてください」


 メイドは不満そうに頬をぷっくりとふくらませている。


「あー、そうだったな……」


 彼女たちを抱くような余裕はないが、確かにそろそろ誰かを指名してあげないと不満が爆発してしまう。


 ベンはしばらく思案し、ニヤッと笑うと、大浴場にメイドたちを集めた。



       ◇



「そろそろ部屋に呼ぶ娘を決めたいと思う。希望者はこれをつけなさい」


 ベンはそう言って、魔王から借りてきた金属ベルトのガジェットを台に山盛りに載せた。


「これは……、何ですか?」


 赤毛のメイドは目鼻立ちの整った美しい顔に不思議の色を浮かべ、金属ベルトをしげしげと眺めた。ベンはチクリと胸が痛んだが、一晩百万円の栄誉と引き換えの試練は甘くはないのだ。


「これは適性検査装置だ。この適性検査に合格した者は毎日部屋に呼んでやろう。ただし、結構つらい試験だ。よく考えて決めなさい」


 ベンがそう言うと、メイドたちは先を争って金属ベルトを奪い合うように手にしていく。若く美しい娘たちが便意促進器に群がる姿はひどく滑稽で、この世界の理不尽を思わせた。


 使い方を教え、いよいよ適性を検査する。これは嫌がらせではなく、もし、耐えられる娘がいるなら一緒に集会についてきてほしかったのだ。彼女たちの異常な執念ならもしかしたら耐えられるのかもしれない。


「ボタンを押して一分間便意に耐えられたら合格だ。用意はいいか?」


 ベンはそう言ってみんなを見回した。


「ふふふ、すごい特殊なプレイですね。一分なら余裕ですよ! 今晩は私と二人きりですからね!」


 赤毛のメイドは嬉しそうに笑う。


「私も便意ぐらい耐えられます! もし、たくさん合格したらどうなるんですか?」


 他のメイドが不安そうに聞いてくる。


「一分は長いぞー。そんなことは心配せずに耐えてみせなさい。ちなみに僕は余裕だからね」


 ベンはニコッと笑って言った。


「一分ぐらい余裕だわ!」「ようやく夢が叶うわ!」


 メイドたちは合格する気満々である。


 ベンはそんなメイドたちを見渡すと、


「ハイ! では、ボタンに手をかけてー! 三、二、一、GO!」


 と、叫んだ。


 メイドたちはベンを挑戦的なまなざしで見ながら、一斉にボタンを押し込んだ。


 ガチッ! ガチッ! ガチッ!


 ふぐぅ……。くぅ……。ひゃぁ……。


 あちこちから声にならない声が上がる。


 直後、真っ青な顔をしてバタバタと倒れていくメイドたち。


 あれほど自信満々だったのに、誰一人耐えられなかったのだ。


 大浴場には壮絶な排泄音が響き渡った。


 ベンは急いで耳をふさぎ、目をつぶって「アーメン」と祈る。


 彼女たちのガッツに期待したのだが、残念ながら適性者は現れなかった。


 大浴場には汚物にまみれてビクンビクンと痙攣けいれんをする女の子たちが死屍累々ししるいるいとなって横たわる。


 ベンは掃除洗濯は自分がやってあげるしかないな、とため息をつき、肩を落とした。



        ◇



 その頃、窓の外に巨大な碧い星、海王星を見渡せる衛星軌道の宇宙ステーションで、小太りの中年男が若いブロンドの女性と打ち合わせをしていた。


「いよいよだな。計画は順調かね」


 中年男はドカッと革張りの椅子にふんぞり返り、ケミカルの金属パイプを吸いながら女性をチラッと見た。


「順調でございます、ボトヴィッド様」


「うむうむ。計画が上手く行くよう、ワシの方で秘密兵器を用意してやったぞ」


 そう言うとボトヴィッドと呼ばれた中年男は指先で空間を切り裂き、倉庫に積まれた金属ベルトのガジェットの山を見せる。そして、ニヤリと笑うと、一つ取り出し、女性に渡した。


「こ、これは何ですか?」


 女性はいぶかしそうに金属ベルトとプラスチックノズルを子細に眺める。


「まず、この映像を見たまえ」


 そう言うと、ベンがヒュドラを瞬殺した時の映像を空中に再生した。


「ベ、ベン君……」


 女性は驚いて目を丸くする。


「なんだ、この小僧のことを知っとるのか?」


「え、ええまぁ……。しかしこの強さは?」


「この小僧はこの金属ベルトでとんでもない強さを発揮しておった。戦闘員全員分用意してやったから装着させなさい」


 ドヤ顔のボトヴィッド。


「いやしかし……こんなベルトがパワーを生むとは考えにくいのですが……」


「なんだ! お前はワシの見立てにケチをつけるのか!?」


 ボトヴィッドはひどい剣幕で怒る。


「い、いやそのようなことは……」


「そのベルトのボタンを押した瞬間、攻撃力がグンと上がったのじゃ。そのベルトが魔王側の切り札であるのは間違いない。ワシらは量産で対抗じゃ!」


 悪い顔でニヤッと笑うボトヴィッドに、女性は渋い顔をしながら答えた。


「わ、わかりました。戦闘員全員に着用させます」


「よろしい。では吉報を待っているぞ」


 ボトヴィッドはニヤリと笑い、席を立つ。


「お、お待ちください。街の人全員を生贄に捧げたら星をいただける、というお約束は守っていただけるのですよね?」


 女性は眉をひそめ、ボトヴィッドをすがるように見る。


「ふん! 俺を信じろ。生贄さえ用意してくれれば約束通り管理局セントラルに提案しよう。女性だけの星というのはいまだに例がない。通る公算は高いだろう」


「ありがたき幸せにございます」


 女性はうやうやしく頭を下げ、スススとたおやかなしぐさで、空中に開いたドアから帰っていった。


 ボトヴィッドは窓からあおく雄大な海王星を見下ろし、大きく息をつく。その巨大な惑星は表面に雄大な筋の模様を描きながら、どこまでも純粋な碧い色をたたえていた。


 ボトヴィッドはとある星で一番のエンジニアだった。膨大な量のデータを巧みに解析し、最適解をスマートに生み出し、お客はいつも感嘆してくれていた。そして、その実績が買われ、星の管理者アドミニストレーターにスカウトされたわけだが、実際の星の運営はとても彼の手に負えるものではなかった。


 予測不可能な原始人たちの行動。いきなり始まる小競り合い、そして戦争。弱った人々を襲う疫病。いつまで経っても文化文明は立ち上がって来ない。そんな中でかつては部下だった魔王の星が順調に立ち上がり始めたのだった。


 この屈辱にボトヴィッドは震える。トップエンジニアが部下に屈するなどあってはならなかったのだ。そしてボトヴィッドは禁断の手段に打って出る。魔王の星をグチャグチャにして廃棄処分に追い込んでやろうとたくらんだのだった。


 魔王の星の調子に乗ってるカルト宗教の小娘を、言葉巧みに口説くのに成功したボトヴィッドは、街を完膚なきまでに破壊させることにする。魔王が育ててきた文化文明は灰燼に帰すのだ。


 くっ、くふふふっ。


 ボトヴィッドは笑いが止まらなかった。


 もちろん彼には、それが醜悪な八つ当たりであり、人間として最低の行為だという事は分かっている。むしろ、だからこそその甘美な背徳の情念が彼の背筋をゾクッとくすぐるのだ。


「魔王は処女の小娘に負けるのだ。クフフフ……、ふぁっはっは!」


 海王星のオフィスには昏い笑い声が響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る