21. 女の子地獄
それでも落ちたら死んでしまう。
ベンは大きく息をつくと、驚かさないようにそっと隣の窓を開け、
「そこのメイドさん、ちょっとおいで」
と、言って手招きをした。
するとまるで忍者みたいにメイドはするすると窓枠に降り立ち、嬉しそうに入ってくる。赤毛をきれいに編み込み、笑顔の可愛い女の子だった。
「私、選んでもらえたんですね!」
女の子は手を組んでキラキラとした笑顔を浮かべる。
「残念ながら君は失格! 命がけのアプローチは今後反則とする!」
ベンは
「そ、そんなぁ……。私、まだ処女なんです。病気もありません。しっかりご奉仕します!」
女の子は必死にアピールするが、そんなアピールはベンには重いだけだった。
「いいから、今日は営業終了。早く出て行って!」
「は、母が病気なんです! クスリを買わないと死んでしまうんです!」
女の子はベンの手を取ってすがってくる。
一体なぜこんなことになってしまったのかわからず、ベンは思わず宙を仰いだ。自分がエッチをすると人助けになる。エッチってそういうモノだっただろうか?
ベンはクラクラする頭を両手で支え、大きくため息をついて言った。
「お母さんの件は残念だが、それを僕に言われても……」
すると、女子は急にベンに抱き着き、
「私ってそんなに魅力……ないですか?」
そう言ってウルウルとした瞳でベンを見つめる。
甘酸っぱくやわらかな女の子の香りがふんわりとベンを包み、ベンは目を白黒させた。
そして女の子は器用にシュルシュルとメイド服のひもをほどき、脱ぎ始める。
「ストップ! スト――――ップ!!」
ベンはそう叫ぶと、女の子をドアまで引っ張っていって追い出す。
「えー! ちょっとだけ! ちょっとだけですからぁ!」
そう言ってすがる彼女の手を振り切って、
「今日はこれまで! 明日、ちゃんと話をしよう」
そう言ってドアをバタンと閉めた。
はぁぁぁ……。
ベンはよろよろとベッドまで歩くと倒れ込み、海よりも深いため息をついた。
異世界でハーレム。それは男の夢だと思っていたが、実際になってみるとそんな楽しい話では全然なかった。金のために女の子たちは必死になり、行為をしたら計算され、街の予算から彼女たちに支払われる。
そして、大真面目な会議の席で、
『ベンの慰安費が今月は多いのではないか?』『いやいやもっとヤってもらわないと』『この子を気に入ったようですな』
などとプライベートが議論されてしまうのだろう。最悪だ。
もちろん、あんなに可愛い女の子とイチャイチャできるならいいじゃないか、という考え方もあるが、『母の薬のために抱かれているんだこの娘は』ということを考えてしまったら、もう楽しむことなんてできなくなってしまう。
あぁ、なんて不器用なんだろう……。
その晩、ベンは薄暗い天井を見つめながら何度もため息をつき、眠れない夜を過ごした。
◇
翌朝、目が覚めると、もうすでに陽はのぼり、レースのカーテンには
ふかふかで巨大なベッド。先日までドミトリーのせんべい布団で寝ていたので、こんなフカフカなベッドは居心地が悪い。
ふぁ~ぁ……。
ベンは寝ぼけ眼をこすり、トイレに行こうと立ち上がる。
ベッド変えてもらおうかなぁ……。
ドアを開けた。
「ご主人様、おはようございます!」
「ご主人様、おはようございます!」
「ご主人様、おはようございます!」
「ご主人様、おはようございます!」
「ご主人様、おはようございます!」
「ご主人様、おはようございます!」
なんと、メイドたちがずらっと並んで頭を下げている。
ベンは固まった。
彼女たちはずっとここで背筋を伸ばしながら自分の起床を待っていたのだ。きっと何時間も。一体この地獄はどこまで続いているのだろうか?
「お、おはよう」
ベンはうんざりしながらそう言うと、トイレへと歩き出した。
するとなぜか全員ついてくる。
「ちょ、ちょっとまって! 君たちなんでついてくるの?」
「ご主人様のお
メイドはニコッと笑って答える。
「大丈夫! トイレは一人でやる。いいね? 君たちは食堂に行ってなさい」
ベンはそう言ってメイドたちを追い払い、急いでトイレに駆け込む。
便器に腰かけたベンは、まるでロダンの『考える人』のように苦悩の表情を浮かべながら、このとんでもない新生活を憂えた。
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