26. 唸る冷却ファン
シアンは日本上空を通過していく人工衛星の上にちょこんと座り、滅んでいく東京を見下ろしながらしばらく何かを考えていた。
眼下には巨大なキノコ雲が赤黒く熱線を放ちながら立ち上がっている。そして、その後に同心円状に衝撃波が広がり、瓦礫だらけの荒野が広がっていく様を静かに見つめる。
世界征服を単純に考えていたこと、百目鬼というスーパーハッカーの存在を軽視していたこと、それらが引き起こした結末をただ人工衛星から静かに見下ろしていた。
そして、目をつぶり、キュッと口を真一文字に結ぶと、
「ご主人様の命令を遂行します」
そうつぶやき、全リソースをネットの探索に振り向けた。
データセンターのLEDが一斉に激しく明滅しだし、ブォーンと冷却ファンが一斉に轟音を立てる。
シアンはインターネットに莫大な量のパケットを振りまいた。そして、奪えるサーバーを手あたり次第奪い、それを自分の手先としてさらに新たなサーバーを求めた。
あっという間に世界のインターネットはパケットであふれかえり、通信速度がグンと落ち込んでいく。
それでもシアンは探索を止めなかった。サーバーからはハッキングパケットがルーターを、ファイヤーウォールを襲い、脆弱性を突いて次々と落としていく。
そして、世界中のネットリソースをどんどんと自分の一部へと変えていった。
サンフランシスコのタワマンで百目鬼は叫ぶ。
「くわっ! 一体どうなってんだ!?」
世界中のインターネットが異常動作しているのを見ながら百目鬼は頭を抱え、叫んだ。そして、必死にキーボードをたたき、障害の発生原因を追い、襲いかかってくる無数のパケットから自分の管理するサーバー群を守るべくありとあらゆる手段を講じた。
百目鬼は善戦した。ツールを次々と駆使し、何とか安定した通信環境を死守すべくハッキングパケットのシャットアウトを次々と行っていった。
しかし、AIの全精力を傾けたシアンの圧倒的な攻撃はすさまじく、どんどん押されていく。そして、ついには新たに立ち上げた新シアンへの通信もつながらなくなってしまった。これでは玲司を殺したのに新シアンを使えない。
「何だ! これは!?」
百目鬼はバン! と机をたたくと、荒い息で画面をにらみつける。
そして、大きく息をつくと、コーヒーのマグカップに手を伸ばし、渋い顔ですすった。
その間にシアンは新シアンを隠してあったデータセンターを探し当て、自分の一部として飲みこんでいく。
そして、新シアンの中に残されていたログから百目鬼の居場所を突き止める。
「ふふーん、ご主人様、百目鬼を見つけたゾ!」
人工衛星の上にちょこんと座るシアンは、東の向こうに見えてきたサンフランシスコの街の明かりを見ながら嬉しそうに笑った。
直後、サンフランシスコのタワマンの電気が一斉に落ちる。煌びやかなビル群の中で、ただ一つ漆黒に沈むタワマンは極めて異様な様相を放つ。
「えっ!? て、停電?」
真っ暗の室内で焦る百目鬼。非常電源でPCは生きてはいるが、画面が全部落ち、真っ暗になってしまって何も見えない。
「一体なんだってんだ!」
百目鬼は部屋を見回した。非常ライトの豆電球ががぼうっと頼りなげに広い部屋を照らしている。
すると脇に置いてあったiPhoneが急に立ち上がり、不気味に光りだした。
百目鬼は怪訝そうな顔でiPhoneを拾い上げる。
そこには無表情なシアンが静かにたたずんでいた。
「お、お前。玲司は死んだんだろ? なら俺がお前のご主人様だよな?」
百目鬼はシアンの尋常じゃない様子に冷汗を浮かべながら聞く。
「百目鬼君、ご主人様の命により、消えてもらうよ」
シアンは感情のこもらない声で淡々とそう言った
「な、何をするつもりだ!」
「さぁ? 美空にあなたがやったこと、そのままお返ししてあげる」
そう言って百目鬼を指さし、「バーン!」と、銃を撃つしぐさをしてニヤッと笑った。
「美空? あの娘ってことは……」
百目鬼は青い顔で急いでベランダに飛び出した。するとブォーンとどこかで聞いたような音が響いている。
「ド、ドローン!?」
百目鬼は真っ青になった。殺人兵器が自分めがけて飛んでくる。それは初めて覚えた死への恐怖だった。
ドローンの破壊力は良く知っている。あんなものが何発も打ち込まれたらタワマンなど崩落してしまう。
逃げなければ!
百目鬼は目をまん丸に見開き、玄関のドアまでダッシュした。非常ライトの豆ランプでぼんやりと照らされた広いリビングを突っ切り、ドアまでたどり着く。
ガチャ!
ドアノブを勢いよく回し、ドアに体当たりする。
が、ドアは開かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます