22. 菩薩の笑顔
大きく揺れる非常階段に二人は
「うわぁ!」「いやぁ!」
バキッ!
破断音が響き、玲司の身体が宙に浮く。
非常階段は崩落し、風にあおられながら五階下まで落ちてガン! とけたたましい音を立て、転がった。
玲司を支えたのは美空。今や宙ぶらりんの玲司は美空の手だけでぶら下がっているのだ。
ひぃぃぃ!
玲司は下を見て真っ青になる。
「くぅぅぅ! 何なのだ!? もぅ!」
美空は真っ赤になって必死に耐える。しかし、玲司を引き上げるほどの力はない。
絶体絶命の玲司は必死に考える。この高さを堕ちたら即死だ。でも引き上げも期待できない。どうしよう!?
「美空、ご主人様を下のフロアの入り口に放れる?」
シアンがしっかりとした声で聞く。
「え?」
美空は必死に耐えながら答える。
横を見ると下の階の入口がぽっかりと開いている。あそこに振って、放ってもらうという事だろう。
「や、やってみるのだ」
玲司の命がかかった局面である。美空はとっくに限界を超えながらも、必死に揺らし始める。
「ご、ごめんよぉ。たのむよぉ」
もう玲司には美空の頑張りに頼るしかなかった。
「『いっせーのせ!』で放すのだ、わかった?」
顔をゆがめ、真っ赤になりながら美空は言った。
「オッケー!」
徐々に振幅が大きくなっていく。
その時だった。
「あ、この階めがけて次のドローンが来るゾ!」
シアンが絶望的な宣告をした。
美空の眉がピクッと動いたが、美空はそのまま揺らし続けた。
「えっ!? どうしよう!?」
揺らされながら玲司は涙目で困惑するが、どう考えても二人が助かる方法などなかった。
「はい、じゃぁ次で放るよ! 準備するのだ!」
「美空……」
「そんな顔するな。どっちみちもう逃げられんのだ。いっせーのぉー!」
美空はひどく寂しそうな顔をして最後の腕を振った。
「せ!」「せ!」
玲司の身体は宙を舞い、下のフロアの入り口めがけ飛んでいく。遠くなっていく美空、その美しい顔には寂しさの中に慈愛が満ちた微笑みが浮かんでいた。
「美空……」
玲司は、決して失ってはならないものが手のひらをすり抜けていくさまに胸が切り裂かれた。
直後、ズン! と、激しい衝撃音がビルを襲い、美空のいたフロアが吹き飛んだ。大地震のような強烈な揺れがフロアを襲う。
ぐわぁ!
玲司は瓦礫がバラバラと降ってくるフロアをゴロゴロと転がり、頭を抱えて必死に身を守る。
容赦のない百目鬼の爆撃、それは死神となって今まさにかけがえのない命を刈り取っていく。
なぜ? なぜ? なぜ?
玲司に頭の中には疑問が吹き荒れていた。ただの高校生がなぜ爆撃にさらされねばならないのか、そのあまりに理不尽な事態に頭がパンクしそうだった。
やがて静けさが訪れる。
パラパラと破片が落ちる音だけが響いていた。
恐る恐る目を開けてみると、美空がいたところには青空が広がり、ただ、爆煙が薄くなりながら空へとたなびいている。
「え? み、美空……?」
非常階段ごと消えてしまった美空。危機的状況を頭では理解していても、目の当たりにした衝撃は大きすぎた。
「う、嘘だろ……。おい……」
急いで起き上がり、身を乗り出して下を見れば、広範囲に瓦礫が飛び散り、山になっている。あの可愛い白いワンピースはどこにも見つからなかった。
鼻の奥がツーンとして、脳の奥がチリッと焼け焦げる。
もう玲司の未来予想図には美空の笑顔が大前提だった。これからもバカなことを言いながら起業したり冒険したり、頭をスパーンと叩かれたりしながらにぎやかな未来で笑いあう。もう玲司にとって未来とは美空との輝ける青春でしかなかった。
だが、突きつけられた現実とのミスマッチに玲司の脳は焼け焦げる。
美空の笑顔に彩られた未来予想図は玲司の生きる希望そのものだった。それが漆黒の闇に食い荒らされ、崩れ落ちていってしまう。
あぁぁ……。
ガックリとひざから崩れ落ちる玲司。
うっ、うっ……、ぐぉぉぉ!
怒りと悲しみでグチャグチャになった玲司は、壊れてしまったように涙をボタボタと落とし、床を殴る。
可愛くて、頼もしくて、何度も命を救ってくれた女神のような美空。あの可愛い笑顔は損なわれてしまった。もう二度と見ることは叶わない。
「俺のせいだ。俺が百目鬼の話なんて聞いてたからだ! くぁぁぁ!」
後悔が玲司を貫き、頭を抱え、瓦礫だらけの床に突っ伏した。
美空は自分を助け、そして悪意に
瓦礫だらけのフロアには悲痛なうめき声が響き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます