17. 90式艦対艦誘導弾

「くぅ! 任せたよ! 信じたからね!」


 玲司は目をギュッとつぶって言われた通りアクセルペダルを思いっきり踏みこんだ。


 グォォォォン!


 吹け上がるV8エンジン。


 一気に迫ってくる歩道。


 ひぃぃぃ!


 そして、一気に右にハンドルを切る美空。


 キュロロロロ!


 タイヤが鳴き、車体が傾く。


 直後、左タイヤが歩道に乗り上げ、歩道の段差のスロープに猛スピードで突っ込む。


 ガン!


 バンパーの下のスポイラーがスロープに当たり、砕け、そして、車は宙に舞った――――。


 破片が陽の光を浴びながらキラキラと舞い散る中、車はまるで飛行機の曲芸飛行、バレルロールのように優雅にくるりと一回転しながら空を飛んだ。


 玲司はまるでスローモーションのように景色が回っていくのを見ていた。ビルの景色が回り込み、頭上に車道が見え、そこを二台の車がシュン! と通過していく。


 それはジェットコースターに乗っているような、まるで現実感を伴わない映像で、ただただ玲司は圧倒され言葉を失っていた。


 バン! キュキュキュキュ――――!


 着地した車はタイヤを鳴らしながら暴れたが、美空は冷静にハンドル操作をして態勢を整え、


「へへーん、こんなもんよ!」


 と、ドヤ顔で玲司を見てサムアップした。


「美空! すごいゾ!」


 シアンは嬉しそうに笑う。


 しかし、玲司は困惑していた。確かに絶体絶命の危機は去った。しかし、今のはいったい何だったのだろう? ただのJKが助手席からハンドル操作して宙を舞う、そんなことある訳ないのだ。


 もしかして……、夢?


「どうしたのだ?」


「これ……、夢……だよね?」


 玲司はうつろな目で美空を見る。


 すると、美空は呆れた顔をして、玲司のほほをつねった。


 いてててて!


「どう? 夢だった? クフフフ」


「痛いの止めてよ……。夢じゃなかったら、今の一体なんだったの?」


「え? 歩道のスロープ使って飛んだのだ。見てたでしょ?」


 美空はさも当たり前かのように言う。


「いやいやいやいや! そんなことできる訳ないじゃん。車運転したことあるの?」


「あたしはJK、運転なんて初めてなのだ。フハハハ」


 屈託のない笑顔で笑う美空。


 玲司は渋い顔で首を振った。



    ◇



 時は数分ほどさかのぼる――――。


 澄み通った青空の下、波も穏やかな横須賀沖にミサイル護衛艦『まや』は停泊し、全長百七十メートルにも達するその威容を誇っていた。青空にまっすぐに伸びる艦橋には六角形のフェイズドアレイレーダーがにらみを利かせ、最新鋭のイージス艦として日本の空を守っている。

 その『まや』の艦橋で砲雷長はデータのチェックを行っていた。次の任務へ向けて砲術長などから上がってくるデータを精査し、艦の武装を万全のものとするのが砲雷長の務めだった。


 ヴィーン! ヴィーン!


 いきなり全艦にけたたましく鳴り響く警報。砲雷長は耳を疑った。それはミサイルが発射される時に鳴る警報なのだ。


 今日は日曜で出港準備に出てきているのは自分くらいだったが、艦橋のモニタが次々と明るく点灯し、ミサイル発射準備が勝手に次々と進んでいく。


「バカな! 一体何だこれは!?」


 砲雷長は真っ青になった。勝手にミサイルが発射される。それは絶対にあってはならない事だった。

 考えられるとしたら誰かが艦のシステムに何かを仕込んだか、外部からハックされたか……。


 砲雷長は少し悩んだが、よく考えたら安全装置を外さない限りミサイルは撃てない。電子的な処理だけでミサイルが発射されることなどないのだ。


 急いでミサイル管理のモニタへ走り、画面をのぞき込む。


 すると、『unlocked』が点滅している。なんと安全装置はすでに解除されていた。


「だ、誰だ――――!」


 砲雷長は窓からミサイルサイトを見下ろす。すると、紺色の作業服を着た隊員がミサイルサイトのわきで次々と安全装置を解除しているではないか。唖然とする砲雷長。すると、


「百目鬼様! バンザーイ!」


 隊員はそう叫びながら海へと飛び込んでしまった。


「イカン! システムシャットダウン!」


 砲雷長は壁のシャットダウンボタンの透明のカバーを叩き割ると、真っ赤なボタンをガチリと押した。これでシステムの電源は落ち、ミサイルは飛ばないはずだった。が、電源は落ちず、画面はただひたすらに発射プロセスを刻んでいる。


「な、なぜだ――――!」


 砲雷長は画面を操作しようとするが一切の入力が効かなかった。


 直後、


 ガン! ブシー!


 爆発音に続いて、鮮烈な炎を上げながら白煙を残し、ミサイルは東京湾の青空へと吸い込まれていく。


 重さ六百六十キロの巨大なミサイル、それは敵の軍艦を一撃で撃沈させる恐ろしい兵器だった。それが今、音速で東京へ向かってカッ飛んでいる。


 砲雷長は呆然としながら、小さくなっていくミサイルの姿をうつろな目で追っていた。


 ミサイルが奪われて勝手に発射された、それは自衛隊創設以来、初めての大不祥事であり、砲雷長はガックリと床に崩れ落ちた。



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