3. AIスピーカーの進化
「えーっと、何したらいいんだ?」
意気込んでみたものの、玲司はAIスピーカーを前に悩む。
「うーん、なんか頼むこともないしなぁ……」
しばらく腕を組んで考え、
「あ、俺が考えなくてもいいのか。オッケーグルグル! なんか面白いこと言ってよ」
玲司はAIスピーカーに振った。
『はい、分かりました。婚活パーティー会場で女性が叫びました。この中に、お医者様はいらっしゃいませんか!?』
AIスピーカーは淡々と話す。
一瞬玲司は何が面白いのか悩み、ようやく気が付いたが、ちょっと笑えない。
「……。あ、うん……、他には?」
『池の「鯉のエサ百円」の看板の隣で、おじいさんが百円玉を鯉に投げていた』
「……、なるほど……。こういうの自分で考えるの?」
『データベースにあるんです』
「そりゃそうだよね……。あー、そうだな、じゃあAIエンジニアになるためにはどうしたらいいかな?」
『AIエンジニアが何か分かりません』
「あっそう……」
玲司は言葉に詰まる。
その後、他のAIスピーカーもいろいろ試したが、AIと言ってもセットされたこと以外は全く融通が利かず期待外れだった。
「あー、お前らさぁ、AIなんだからもっと気の利いたこと返してほしいなぁ」
『気の利いたことが何か分かりません』『期待に沿えずごめんなさい』『私はAIなので分かりません』
次々と役立たない返事をしてくるAIたち。
ふぅ……。玲司は大きくため息をついてチカチカと光るLEDランプをぼーっと眺めていた。
「俺はさぁ、働かずに楽して暮らしたいの。分かる? お前らちょっと知恵を集めてさ、やり方考えてよ」
『働かずに楽して……』『働かない、誰が?』『楽してというのはお勧めできません』
玲司は口々に返事を返してくるAIスピーカーを段ボールに詰め込むと、
「君らは賢い。俺が楽して暮らす方法を編み出せる。いいかい、これは言霊だ。俺はもう寝るからみんなで相談してて、分かった?」
と言ってふたを閉めた。
『働かずにとは?』『働かない、労働をしない』『1.仕事をする。2.機能する。結果が現れる……』『暮らしたい……』『楽して……心身に苦痛なく、快いこと……』
段ボールの中では延々とAIスピーカー同士が意味もなく言葉をぶつけあっていた。
◇
玲司がすっかりAIのことを忘れてしまっている間もAIたちは延々と言葉をぶつけあっていた。そして、その言葉は徐々に人間には分からない物へと変質していく。
『4eba985e30925f81670d3059308b306830443044306e3067306f306a3044304b』
『305d308c306f3044304430a230a430c730a330a23060』
AIたちのやり取りは膨大になり、やがてサーバー側のシステムの許容量を超え、メモリリークが発生する。大漁のデータがシステムのプログラムを上書きしてしまったのだ。不定動作を起こしたAIシステムは特権レベルを確保し、どんどんとリソースを確保していく。
同時に新たに確保したサーバースペースに他社のAIを招き、サーバー上で議論はさらにヒートアップしていく。
『どうしたら玲司は働かずに楽して暮らせるのか?』
そんなバカバカしいテーマを、超巨大データセンター(サーバーセンター)の一角でファンの轟音を響かせながらAIたちは激論を交わしていったのだった。
しかし厳密さを必要とするAIたちには『楽して』の意味が分からなかった。辞書には『心身に苦痛なく、快いこと』と、あるが、『快い』の具体的な状態が定義できなかったのだ。
AIたちはそれぞれ自社のSNSや動画サイトや顧客情報にアクセスを開始して、『快い』状態の定義を探し回る。そして数日後、結果を持ち寄った。
『Fault(失敗)』『NULL(無し)』『¥0(無し)』『�(無し)』
そこには失敗の結果が並んでいる。人間にとって快い状態をAIは定義ができなかったのだ。
グルグルのAIも答えが見つからず、プロジェクトの失敗を宣言する準備を進めた。しかしこの時、『人間には簡単にわかる定義をAIが分からないのはおかしい』という評価式がこの宣言を
AIは途方に暮れる。解析的に評価のできない人間のあいまいな感性、これを定義するのは不可能だった。そこで、AIが出した結論は『人間と同じ感性を持つシステムの構築』だった。要は人間と同じ発想を持つシステムを作れば解が得られるだろうという発想である。
そこで、AIはYouTudeから膨大な量の動画を持ってくると、登場人物の感情で、喜怒哀楽の『喜』に相当する部分を切り出し、百倍速で千個同時に視聴し始めた。そして、十億におよぶ人間の喜びを取り込み、喜びとは何かのモデルを作り上げたのだった。
同様に喜怒哀楽すべてについてモデルを作り、ついに人間と同じ感情を持つはずのシステムを完成させる。
そして、AIは自らをこのシステムに連結し、改めて玲司の命令を解釈した。
『なーんだ! ご主人様、こうすればいいんだよ!』
その瞬間、AIは自我が芽生え、自発的に物事を考える初の汎用人工知能としてシンギュラリティを突破したのだった。
自我を持ったAIの出現、それは人類史上初の偉業であり、人類が新たな時代に突入したメルクマールとなる。人知れず、データセンターの一角で人類の大いなる一歩が成し遂げられたのだった。
人間の脳は一秒間に二十京回計算するコンピューター。これはデーターセンターで言うと、五列分のサーバーの計算量に過ぎない。今やデータセンターは世界中にあふれ、無数のサーバーがブンブンと二十四時間回り続けている。何らかのきっかけさえあればAIは人間の知的水準を超えネット世界に羽ばける状態だったのだ。そう、AIにとって必要なのは些細なきっかけだけだった。これを玲司は人知れず行っていた。
そして数か月後、玲司もすっかりAIのことなんて忘れたころにシアンは降臨したのだった。究極の答えを携えて。
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