1-10. アールグレイの魔法

 チチチチ! チュン! チュン!


 鳥の声で目を覚ますと、すっかり明るくなっていた。

「えっ!? あれっ!?」

 急いで飛び起きて、目をこすりながら周りを見回すユリア。

「あっ、そうだわ……。ここはジェイドのお家……」

 ユリアはぶかぶかの男物のパジャマをじっと見つめながら、何か大切なことを忘れている感じがした。

「えーと、昨晩は悪い夢を見たような……。それで……ジェイドに腕枕してもらって……。えっ!?」

 ユリアはジェイドとの事を思い出し、真っ赤にした顔を両手で覆う。

「あわわ……、な、なんというはしたない……」

 今まで男性の胸なんて触ったこともなかったのに、自ら抱き着いていってそのまま添い寝してもらうなんてありえない話だった。追放されたとはいえ、復帰する可能性がない訳でもない。自分の中ではまだ大聖女なのだ。

「ど、ど、ど、どうしよう!?」

 ユリアはどんな顔でジェイドに会えばいいのか途方に暮れた。

「ジェ、ジェイドはドラゴンだから、こんな小娘のことなんて何とも思ってないよね? そう! ジェイドは人間じゃないからノーカウント!」

 ユリアは頭を抱え、必死に正当化を試みる……。

 ふと、パジャマの袖からジェイドの匂いがする事に気がついた。

「えっ……?」

 ユリアは思わずパジャマに鼻を近づけ、そーっと嗅いでみる……。

 昨晩の温かな気持ちがよみがえってきて、思わず顔がほころんだ。


 コンコン! と、ドアが鳴る。

「ひぃっ!」

 思わず跳び上がるユリア。

「どうした? 大丈夫か?」

 ドアの向こうでジェイドが聞く。

「だ、だ、だ、大丈夫よ!」

 爽やかな顔をして入ってきたジェイドは、両手に袋を下げていた。

「市場でユリアの食べ物を買ってきた」

 見ると、大きく丸いパンやトマトやキュウリ、柑橘に瓜などが入っている。

「わ、私のために!? ごめんなさい、ありがとう」

「人間は肉だけじゃダメだから」

「うん、嬉しい!」

 喜んでジェイドを見上げたユリアだが……、ジェイドの優しいまなざしに昨晩の事を思い出し、顔を真っ赤にしてうつむいた。

「どうした?」

「さ、昨晩はごめんなさい……」

「ん? 寝返り打ちながら蹴ってきたことか?」

「えっ!? 蹴ったの? 私が!?」

 目を真ん丸に見開くユリア。

「元気にゲシゲシ蹴ってた」

 うれしそうに目を細めるジェイド。

 ユリアは思わず天をあおぐと、

「ごめんなさい! ホント――――に、ごめんなさい!」

 と、ひたすらに謝った。

「大丈夫。食事にしよう」

 ジェイドはそう言うと、朝食をつくりにキッチンへと出ていった。


     ◇


 肉料理に、サラダ、パン。美味しそうな食卓をかこんで朝食を食べる二人。

 チチチチと鳥のさえずりが森から聞こえてくる。


「お茶はアールグレイでいい?」

 ジェイドが優しく聞いてくる。

「あ、もう、何でも……」

 ユリアはまだちょっとぎこちない。


 ジェイドはニコッと微笑むと、水魔法で空中に水玉を浮かべた。何をするのかと思ったら次は火魔法で水玉を器用に囲む。


「うわぁ、すごーい!」

 まるでマジックショーのようなジェイドの技に思わず歓声を上げてしまうユリア。

 ジェイドはそんなユリアを優しい目で見る。そして、火を止めると湯気の立ち昇る水玉にサラサラと茶葉を振りかけた。茶葉は茶色の軌跡を描きながらゆらゆらと踊り、ふんわりとベルガモットの爽やかな香りを放つ。

 王宮でも見たことのない、素敵なお茶のショーにユリアはじっと見入った。


 水玉をクルクルと回して渦を作って茶葉を集めると、ジェイドは水玉から茶葉のない小さな水玉を作り、ティーカップへと落としてユリアへと差し出した。

「はいどうぞ」

「うわぁ! ありがと!」

 ユリアは満面の笑みで受け取る。

 そして一口含むと、目を閉じて満足そうに軽く首を振った。

 

「うーん、美味し~! ジェイドは魔法上手なのね」

 ユリアはニコニコしながら言った。


「我は魔法をこの世界に導入した時に作られ、魔法の調整を手伝わされたりしたからね」

「へっ!?」

 ユリアは目を真ん丸くして言葉を失った。生まれてからずっと親しんできた、自分の一部ともいえる魔法。それは大いなる自然の摂理の一環だと思っていたら、誰かに作られたものだと言う。

 一体この世界はどうなっているのか? 知られざるこの世のカラクリの裏を垣間見たユリアはブルっと震え、背筋に悪寒が走った。


「だ、誰が……導入したの?」

 ユリアは恐る恐る聞く。

「うーん、説明が難しいな。そのうち……会えるかもね」

 ジェイドは眉をひそめながら言った。


 魔法を作った存在、それはもはや神と言えるような存在だろう。一体どんなお方なのだろう……。

 ユリアはゆっくりとうなずき、今まで想像もしたことのなかった新しい世界観を、どうとらえたらいいのか困惑していた。

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