第45話 青い灯火

 鶉の卵ほどの大きさのサファイア原石は、まだ加工されていない。色も濁り、ごつごつと歪な形をしている。リアムは手に取り握りしめた。


「微かに、オリバーの魔力を感じる」


 オリバーが作った魔鉱石はすべて、クレアが燃やし尽くした。その命と引き換えに。

 脳裏に、クレアの最後の瞬間が浮かんだ。


 何も見えないほど真っ暗闇の中で、そっと、青白い炎が灯るのをリアムは身体の奥底で感じた。


「つまり、これは……オリバー大公殿下がお作りなった魔鉱石と言うことですか、陛下」


 リアムはジーンの言葉に頷くと、試しに魔力を込めてみる。


「え。陛下、使うつもりですか? やめてください!」

「大丈夫だ。気など触れない。……たぶん」

「たぶんって!」

 ジーンは一気に青白い顔になって叫んだ。しかたなく、魔鉱石を手から離して布で包む。


 包んだところで意味はないが……。


 顔を上げると、まだ手の中にある魔鉱石をジーンに見せた。


「この魔鉱石の中身は空だった。だから、魔力を入れてみようとしたが反応がない。これはきっと、偽物レプリカにもなれなかった、失敗作」


 オリバーが量産した魔鉱石には、彼の魔力が込められていた。魔力を持たない人が扱うには負荷が強く、結果、理性を失ったり、自身の寿命を差し出す羽目になった。

 ゆえに、オリバーが生成したものは偽物と呼び、クレアが作った魔鉱石と区別された。


「陛下はその原石に、オリバー大公殿下の魔力を感じられたのですよね? 添えられていた手紙にも魔鉱石だと……」


 リアムは不安そうにしているジーンの母親に頷きを返した。


「失敗作だが、新しく作られた魔鉱石なのは確か。やはり、オリバーは死んでいない」


 アルベルト夫人は、震える手で口元を隠した。息子のジーンのように青白い顔で怯えている。リアムは彼女を安心させてあげようと微笑みかけた。


「心配はいらない。俺が、なんとかします」

「なんとかするってどうやってです? 万が一のために備えた流氷の結界はオリバー大公殿下を索敵できていない」

 

「流氷の結界は索敵が目的ではない。悪意を持って攻め入られたときに初めて発動する、守りの結界だ」

「オリバー大公殿下は、子供だった陛下を殺そうとしたんですよ。なのに今は、悪意も危害を加えるつもりもない? だったらあの方は、自由に動き回れると言うことですよ!」


「そうだな。自由に動き……生きている」


 師匠は死んでしまったというのに。


 強く拍動する心臓を感じ、リアムは胸を握るように押さえた。

 怒りで、目の前が赤い。内に灯った青い炎は飛び火し、瞬く間に燃え広がっていく。煽るように注がれている燃料は、憎しみと哀しみだ。


 どうしても、オリバーのことが許せなかった。


 ――力は抑えようとせずに、外へ。自分のためではなく、人のために使うといいですよ。


 師匠、わかっている。この力は自分のためではなく、大事な人たちのために、使う。オリバーはこの手で、必ず、息の根を止める。たとえ、差し違えても。


 リアムは自分の手を見つめ、ぎゅっと握った。


「陛下……大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」

 一呼吸置くと、感情を抑え込んだ。すっと姿勢を正す。


「大丈夫。我々はそろそろ帰ります」

 アルベルト夫人に伝えると、席を立った。


「あら、もう? せっかくなのでゆっくりなさってください。お茶を用意したので飲んでからでも……」

 侍女たちが、机の上でティーカップをセットしているが、リアムは丁重に断った。


「エルビィス先生の顔は見られた。今夜の準備もある。ここで失礼します」

 

 リアムはエルビィスに一言声をかけると部屋を出た。長い廊下をジーンが少し先を歩きながら進む。

「陛下、少々時間が押しております。急ぎましょう」

「わかってる」

 話ながら、正面玄関へと続く階段を下りようとしたときだった。ジーンが間抜けな声で雄叫びを上げた。

「うわああっーー! 嘘です、陛下! すとおっぷぅ、回れ右!」

「おまえ、誰に向かって命令を……」

「ご機嫌麗しゅうございます。我が偉大なる皇帝陛下。いえ、……リアム様」

 

 リアムはジーンではなく階下を見た。そこには人の目を惹く艶やかなドレスに身を包んだ妙齢の女性が、にこやかな笑みを浮かべながら立っていた。


「ナターシャ、久しいな」


 妹の出現にジーンは、もはや有能の欠片も見当たらない顔をしている。彼を無視して階段を下りて行った。

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