*リアム*

第19話 白い狼⑴



 空気中で冷やされた水蒸気は、小さな氷晶になってゆっくりと、降りてくる。珍しく空に雲はなく、朝の光に照らされて、きらきらと光っている。

 リアムは儚い光を放つ、ダイアモンドダストを見つめていた。


「あれから二十年か」

 降り積もった雪がずっと溶けずにここにあるように、彼女への尊敬の気持ちは消えるどころか歳を追うほどに増している。

 彼女にはもう会えないのに、病気だなと、リアムは自分を嘲笑った。


 サクサクと軽快に雪の上を跳ねる音が聞こえて目を向けると、全身が真っ白い、大きな狼が雪の上を跳ねるようにして、こちらに向かってきていた。


「白狼。おはよう」

 白い狼は助走をつけるとリアムに飛びかかった。二足で立ち上がると人の背丈ほどある。大きな前足が肩に乗り、柔らかい雪の上に押し倒された。


「随分な挨拶だな」

 白い狼は朱く燃えるような色の大きなガーネット鉱石を咥えていた。

「もしかして、俺が欲しがってると思った?」

 受け取りながら聞くと、白狼は「ウオンッ」と吠えた。身体を起こし、リアムが頭をなでると、気持ちよさそうに目を細めた。


「この魔鉱石は使わない。おまえが持っていて」

 薄い水色の目をした狼はリアムをじっと見つめたあと、再びガーネット鉱石を口に咥えた。白狼は耳をピクリと動かすと、顔を左に向けた。


「いた! リアム陛下――。こちらにいらしたんですね」

遠くから声をかけてきたのは宰相のジーンだ。


白狼はリアムから離れると、空中に向かって高くジャンプした。白い霧が風に吹かれて消えるように、大きな白い狼はふわりと、空気に溶けて消えた。

 

「陛下、氷の精霊獣と遊んでいる時間はありませんよ。間もなく婚約者さまがご到着すると伝令がありました」

 服についた雪を払いのけながら立ち上がる。

「そうか」と短く答えると、ジーンはにやり顔になった。


「ようやく会えますね。よかったですねえ」

 三ヶ月前、クレアの石碑前で命を狙われ、撃退したものの動けなくなったところを、ガーネット女公爵令嬢に助けられた。


 別れ際にまた会おうと言ったものの、その日の夜、グレシャー帝国の結界に異変が起きて、リアムは緊急帰国したため、今日まで彼女に会うことが叶わなかった。


 髪の色が違うだけの、クレアにそっくりな彼女を思い出す。

「そうだな。やっと会える」

「まあ、無表情。関心のない顔をしても無駄ですよ。楽しみで、そわそわしているくせに」

 にやにや顔を止めない若き宰相にリアムは冷たい視線を送る。

「興味はあるよ。言っただろ。彼女からはクレア師匠と同じ魔力を感じる」


「それを確かめるために、直接口説いたんですよね」

「治療するために婚約者になると、ありがたい申し出を受けただけだ」

「治療目的にしろ、やっ―――と! 陛下の元へ、お妃がやってくる!」

「まだ妃じゃない」

「いえ、もうお妃さま決定です!」

 浮かれている相手に何を言っても無駄だと諦め、リアムは室内に戻るため歩き出した。ジーンはすぐに追いつき、自分の少し後ろを歩きながら声をかけてきた。


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