2-1. 懐かしき王都

「あっ、主さまにお召し物をお持ちしますね!」

 そう言うとルコアはピョンと飛び上がり、崖の中腹にある洞窟までツーっと飛んで行った。

 しばらくして両手いっぱいに衣服を持って戻ってくる。

「これなんかいかがですか?」

 ルコアは麻でできたシャツなどをあてがってくれるが、六歳児には全部大きすぎてブカブカだ。

「もういいよコレで行く」

 ヴィクトルは大きな風呂敷みたいな布を手に取ると、インドのお坊さんのようにシュルシュルと身体に巻き付ける。

「主さま、さすがです。お似合いですわ!」

 ルコアはうれしそうに言った。

「じゃあ、朝食でも食べに行くか!」

 ヴィクトルはニコッと笑う。

「え? 何食べる……ですか?」

「王都のカフェに行こうかと思って」

「王都! ずいぶん……、遠くないですか? 飛んでも三十分はかかりますよ?」

 ルコアは眉をひそめる。

「僕なら三分だよ」

 ヴィクトルは服をアイテムバッグにしまうと、ルコアをお姫様抱っこして一気に飛び上がった。

「えええ――――!」

 仰天するルコア。

「舌噛むといけないから口閉じてて!」

 ヴィクトルは気合を入れ、一気に加速した。

 グングンと小さくなっていく山や森。

「ひぃ――――!」

 あまりの加速にルコアはヴィクトルにしがみつく。

「さて、全力で行くぞ――――!」

 そう言うとヴィクトルは全力の魔力を注ぎ込んだ。


 ドーン!

 衝撃音を放ちながらあっという間に音速を超え、さらに加速していく。

 グングンと高度を上げ、雲をぶち抜くと、そこは朝日のまぶしい青空と雲の世界が広がっていた。

 まるで天国のような、爽快な世界にヴィクトルはうれしくなって、

「ヒャッハー!」

 と、浮かれながらキリモミ飛行をする。

「キャ――――!」

 ルコアがしがみついて叫ぶ。


「ドラゴンなのに怖がりだなぁ」

 ヴィクトルが笑いながら言うと、ルコアは、

「こんな速さで飛んだことないんです!」

 と、目を潤ませて言った。

「ははは、僕も今日初めてだよ」

 ヴィクトルは笑い、ルコアは絶句する。


 やがて雲間に王都が見えてきた。

 ヴィクトルは『隠ぺい』のスキルをかけると徐々に高度を落としていく。

 盆地の中に作られた巨大な都市、王都。頑強な城壁がぐるっと街の周りを囲い、中心部には豪壮な王宮がそびえている。

 そして、その隣には高くそびえる賢者の塔……、六年前まで住んでいた王都を代表する知の殿堂だった。


 ヴィクトルは賢者の塔に向けて降りていく。

 八十年間、ここで頑張っていたのだ。必死に研究をつづけ、国の危機を救い、仲間をいたみ、そして自分も最期の時を迎えた……。

 建物の随所に思い出が詰め込まれていて、思わず胸が熱くなり、知らぬ間に目から涙がポロリとこぼれる。


「主さま、どうされました?」

 ルコアが心配そうに聞く。

「大丈夫、ちょっと目にほこりが入っただけ……」

 ヴィクトルはごまかすと、王宮の周りをぐるりと一周飛んで懐かしい景観を楽しむ。

「こんな近くで見たの初めてですよ! 素敵~!」

 ルコアは王宮の豪奢な装飾や立派な尖塔に感激する。

「王都はさすがだよね」

 ヴィクトルはそう言うと、大きく舵を切って繁華街の裏通りの方へ降下して行った。


       ◇


 辺りに人がいないのを確認して、ヴィクトルは裏路地に着地する。

「本当にあっという間でした。主さま素晴らしいです!」

 ルコアは地面に降ろしてもらいながら感激する。

 ヴィクトルはニコッと笑うと、

「確かこの辺にいいカフェがあったんだよ」

 そう言って歩き出す。

 裏路地を抜けてしばらく行くと古びたカフェがあった。最後に訪れたのは十年くらい前だろうか? 弟子を連れて散歩がてらに寄ったことを思い出し、思わず目頭が熱くなる。

「おぅ、ここだここ、懐かしいなぁ……」

「懐かしい……んですか?」

 ルコアは小さな子供の懐かしさが良く分からず、不思議そうに聞く。

「気にしないで、ここのサンドウィッチはお勧めだよ」

 そう言ってヴィクトルは中に入り、棚に並んだサンドウィッチに目移りをする。

「私は肉がいいなぁ……」

「肉? こういうのとか?」

 ヴィクトルはベーコンサンドを指さした。しかし、ルコアは首を振り、

「パンとか野菜は要らないんです」

 と、渋い顔をする。

 ドラゴンは肉食らしい。

 ヴィクトルはサンドイッチを一つとると、カウンターへ行って店のおばちゃんに声をかける。

「すみませーん!」

「はいはい、あらあら、可愛いお客さんね」

 おばちゃんは相好を崩す。

「ベーコンだけ塊でもらえたりしますか?」

「塊で!? そ、そりゃぁいいけど……、一つでいいかい?」

 おばちゃんはいぶかしげに聞く。

 ヴィクトルはルコアを見ると、ルコアは、

「出来たらたくさん欲しいんです……」

 と、恥ずかしそうに言った。

「あらまぁ……。五本でいいかい」

 おばちゃんは厨房の様子を振り返りながら答える。

「じゃあそれで! それと、コーヒー二つ!」

 ヴィクトルは元気に頼む。お代は交渉して魔石で払った。


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