1-4. 襲いかかる悪意
午後にヴュスト家総出で教会を訪れる。
「おまえの職業はなんだろうな? 賢いから『賢者』かも知れないぞ!」
父エナンドは浮かれていた。
「『大賢者』だったらどうしましょう?」
母エルザは上機嫌で返す。
ヴィクトルはただ苦笑いをして受け流すしかなかった。
長男のハンツは親の死角でバシッとヴィクトルを蹴り、
「ケッ!」
と、ヴィクトルをにらむ。
三男坊が可愛がられるのが気に喰わないのだ。
この街、ユーベにある最大の教会の聖堂はゴシック調の豪奢な造りで、尖塔がいくつも立ち、その威風堂々たる風格は街のシンボルになっている。
中に入ると煌びやかなステンドグラスがずらりと並び、陽の光を受けて赤、青、緑の色鮮やかな模様を床に浮かび上がらせ、神聖な雰囲気を醸し出していた。
聖堂の壇上には神託の水晶玉が置かれ、司教は金と純白の豪奢な祭服を着て、一行を待ちわびて立っている。優秀だと噂の辺境伯の三男の神託と聞いて、周りには司祭を始め教会関係者がズラりと並び、ヴィクトルの神託を楽しみに待ちわびていた。
ヴィクトルは目をつぶり、大きく息をつくと壇に上がり、司教の言われるがままに水晶玉に手を置いた。そして、司教が何かをつぶやく。ピカピカと点滅しだす水晶玉。しかし、点滅はいつまでも止まらなかった。
いぶかしげに水晶玉をにらむ司教。しかし、点滅は止まらない。
前例のない事態に静まり返る聖堂。
司教はバツの悪い表情をしてエナンドのところへ行き、何かを耳打ちした。
「む、無職!?」
エナンドは絶句する。
由緒ある辺境伯において、無職の子供を輩出してしまったことは大いに恥ずべきことであり、事によっては辺境伯自身の地位すら脅かしかねない深刻な事態だった。
エルザは失神して倒れ込み、長男のハンツは大声で
気まずい表情で壇上から降りてきたヴィクトルを迎えたのは、次男のルイーズだけだった。
「気にすることはないよ、後で職業が分かる事もあるしさ」
そう言って、ルイーズはヴィクトルの背中をポンポンと叩く。
するとハンツはいきなりヴィクトルを蹴り飛ばした。
「ぐわっ!」
ゴロゴロと転がるヴィクトル。
「お前はヴュスト家の面汚しだ! 追放だ! 出ていけ!」
と、口汚く
「兄さん、暴力はダメだよ!」
ルイーズはヴィクトルをいたわり、引き起こしながら言う。
「何がダメだ? 無職というのはもはや人間とは呼べんのだ。暗黒の森に捨てるしかない」
「なんてこと言うんだ!」
ルイーズは自分のことのように怒る。
しかし、ヴィクトルは、ルイーズを制止して、
「兄ちゃん、僕は大丈夫。早く帰ろう」
そう言って、ルイーズの手を引いて聖堂を出て行った。
◇
その午後、ヴィクトルはエナンドに呼び出される。
エナンドの隣には腕を包帯で巻いたハンツとメイドが立っていた。
「ヴィクトル、お前、ハンツを階段から突き飛ばしたんだって?」
いきなり身に覚えのないことを言われ、ヴィクトルは困惑した。
「え? 僕はずっと自分の部屋にいましたよ?」
「ウソをつくな! メイドが証人としているんだぞ! 無職だった腹いせに兄をケガさせ、さらにウソまでつくとは許し難い! お前は追放だ!」
エナンドは激昂して叫んだ。
「えっ!? そ、そんな」
ヴィクトルは焦る。追放された五歳児がマトモに生きていく方法などない。
「じゃあ、自分の罪を認めるか?」
エナンドはヴィクトルを鋭い視線でにらみつけて言った。
「僕はやっていません。二人が嘘をついているんです!」
パン!
エナンドはヴィクトルを平手打ちし、
「追放だ! 連れていけ!」
そう執事にアゴで指示した。
「後悔するぞ! いいんだな?」
そう叫ぶヴィクトルを執事は強引に引きずる。
はっはっは!
ハンツはいやらしい顔で笑い、メイドは
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