2-3. ウサギ爆笑

 全面ガラス張りの壁際に席を取った。


 外には国道15号線が通り、プリウスに黒塗りのハイヤーに、トラックにクレーン車にバス……、いろんな車がひっきりなしに走っている。


 エステルはその車たちを一生懸命目で追って、


「うわぁ……」


 と、感嘆の声を上げていた。


 俺はそんな無邪気なエステルの横顔を、ボーっと見ながらコーヒーをすする。


 可愛いよなぁ……。


 ただ、異世界人を気軽に連れ出しちゃったけど、良かったのだろうか?


 俺はそんなことを思いながらスコーンをかじった。熱で少し溶けたチョコの甘みがじわっと心を癒す。


 俺はスマホを取り出し、美奈先輩にメッセージを送った。


『鏡の向こうに行けちゃったんですけど、俺はどうしたらいいですかね? 女神様、アドバイスをお願いします』


 ピロン!


 すぐにスタンプの返信があった。


 見ると、可愛いウサギが爆笑している絵だった。


「はぁ!?」


 これは一体どういう事だろうか?


 エステルに、『君たちが祀ってる女神様からこんなスタンプが来たぞ』と、見せてやりたい衝動に駆られる。君たちの信奉する女神様ってこんなんだけどいいんか? と小一時間問い詰めたい気分だ。


 続いてもう一つスタンプが来た。今度はウサギがウインクしながらサムアップしている絵だ。このまま頑張れって事だろうか……。女神様ざっくりとし過ぎじゃないかな? せめて言葉にして欲しいんだが……。


 そもそも異世界は魔王による魔物の侵攻で存続の危機にあるわけで、魔王対策は女神様の仕事だろう。


『魔王退治しないと人類滅んじゃうらしいですよ? 女神様お願いします』


 と、送ってみる。


 するとすぐにスタンプが帰ってきた。


 ウサギが『え? 聞こえなーい』ととぼけてる絵だ。


 何だこれは? 俺は思わずバンっとテーブルを叩いてしまった。


 エステルがビクッとして、おびえたような眼でこっちを見る。


「あ、ゴメンね」


 俺はつい感情的になってしまったのを反省した。


「何か……あったですか?」


 エステルが心配そうに聞いてくる。


 俺は大きく息をつき、


「女神様に魔王退治をお願いしたら断られた……」


 と言って、軽く首を振った。


「え!? ソータ様は女神様の声聞けるですか? それは司教ビショップ様レベルでもなかなかできないですよ! さすがソータ様……」


 エステルは手を合わせ、キラキラした目で俺を見る。


「あ、いや、そんな大したものじゃないんだけど……」


「すごい事ですよ! でも、なんで助けてくれないんですかねぇ……」


 エステルは首をかしげる。


「助けられない事情があるか……、助けるのが面倒くさいか……」


「面倒くさい!? ソータ様! それは女神様に失礼です!」


 まじめに怒り出すエステル。


「あー、ゴメンゴメン」


 俺は謝ったが、あの先輩の性格からすると、『面倒くさい』ってのが一番ありがちなんだよなぁ……。


 と、この時、別の可能性が思い浮かんだ。『もう対策済み』だ。つまり、俺を送り込んだからもうOKと思っている可能性だ。そう考えると全てつじつまが合う。なんと、俺に丸投げしてるんだあの人!


 魔王を倒すのが面倒になった女神様は、飲み会の席で適当な若者をそそのかしてチート武器を与えて丸投げ……。これが一番しっくりくる。


 うーん、これはどうしたらいいか?


 抗議してボイコットしてやろうか……。でも、そうしたら金貨没収、エステルともお別れ……。また就活地獄に逆戻りだ。本当にそれでいいのだろうか?


 異世界は思ったより魅力的な世界だし、もらったチートもすさまじい。それに……、エステルともう会えなくなるのは……、寂しい……かも?


 しかし……、先輩の思惑通りに使われるのもちょっとしゃくに障る。なんとかアッと言わせる方法はないものか……。








2-4. 最強のパーカー


 俺がウンウンと思案に暮れていると、


「今日はどうするですか?」


 ニコニコしながらエステルが聞いてくる。


 ハムエッグホットサンドを両手で持って、頬張る様子はまるで子リスである。


 俺はその様子に癒されて、つい笑みがこぼれる。


 くだらないことを必死に考えるのがバカらしくなった。


 この子と一緒に世界を救ってやればいいんだろ? 女神様。いいじゃないか、やってやるよ。俺は異世界で英雄となって、たっぷり報酬ももらっちゃうぞ!


 俺はこぶしにギュッと力を込めて気合を入れた。


 エステルは首をかしげながら、そんな俺をキョトンとした顔で見ている。


       ◇


「レベルを上げたいと思うんだ」


 俺はエステルを見て言った。


「レベルですか?」


「俺もエステルもレベル低いから、殺虫剤が上手く決まらなかった時に命の危険があるじゃないか。レベル高かったら回避できたりするんだろ?」


「うーん、そうですね。防御力や回避力が上がれば危険は減りますね」


「なら、当面はレベル上げを頑張ってみようと思うんだ」


「わかりました!」


 ニッコリと笑うエステル。


「じゃあ、今日はダンジョン攻略の準備をしっかりして、それから潜ってみよう。地図とかも買わないとね」


「はい! 頑張るです!」


 両手のこぶしを握ってブンブンと振るエステル。やる気満々である。


「まずは、服どうしようか?」


「服?」


 首をかしげるエステル。


「ダンジョン潜るのに俺のパーカーじゃマズいだろ」


「えー、これでいいですぅ」


「ダメダメ! 防御力高いのにしなきゃ!」


「え? この服、今までで一番防御力高いですよ?」


「は?」


 俺は驚いた。なぜユニクロで買った3,980円のパーカーの防御力がそんなに高いのか?


「ソータ様のエキスがしみついているからですよ!」


 そう言ってエステルは、そでの匂いをクンクンと嗅いだ。


「いや、ちょっと、そういうの困るな……」


 一体異世界の女神は何を考えているのか? 先輩、頼みますよ。俺は天を仰いだ。


       ◇


 自宅に戻ると、家の前に段ボールが積み上げてあった。昨日Amezonで発注しておいた殺虫剤が届いたようだ。くん煙式殺虫剤『バルザン』と最強の殺虫剤『ハチ・アブ・マグナムZ』を百個ずつ。でも、十万匹の魔物が襲来したらこれじゃ全然足りないのだ。千個ずつくらい用意しないとならないが、そんなの家に入りきらない。異世界に拠点を借りないとまずそうだ。


       ◇


 装備を整えて鏡に潜ると、教会の倉庫に出た。


「えっ!? なんで教会に!?」


 驚くエステル。


「エステルは昨日ここで上機嫌だったんだよ」


「あぁ……、なんて罰当たりな事を……」


 エステルはしょげるが、美奈先輩がそんなこと気にするとはとても思えない。


「大丈夫、女神様にはちゃんとフォローしておくから」


 俺はそう言って元気づける。


「ソータ様……、すごいです……」


 エステルは手を合わせてキラキラとした目で俺を見る。


 俺は尊敬させたままでいいのか、ちょっと悩んだ。


 俺はサークルの先輩によって送り込まれた就活生であり、同時に女神によって選ばれたこの世界を救う救世主である。


 尊敬のまなざしは自尊心をくすぐるが……、ちょっと後ろめたい。いつか時が来たらエステルに全部話そうと思った。そして、どんなに持ち上げられても、ただの就活生であることは常に忘れないようにしよう。


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