1-14. ハチ・アブ・マグナムZ

 俺たちはそっと脇の方に着陸したが……、これはどうしたらよいのだろうか?


 どう見ても苦戦している。助けた方がいいのではないだろうか?


 クラウディアは銀髪で緑色の瞳をした美しい女性で、口元をぎゅっと食いしばり、必死に戦っている。


 俺たちはクラウディアに近づいて、声をかけた。


「お手伝いしましょうか?」


 クラウディアは俺とエステルをチラッと一瞥いちべつすると、


「エステル!? ひよっこどもは邪魔邪魔! あっち行ってな!」


 と、乱暴に言った。


 確かに俺の装備は防刃ベストに物干しざお。どう見ても頼りない。役立たずに思われたのは心外だが……、仕方ないだろう。


 俺はエステルと目を見合わせ、肩をすくめながら少し下がった。


 ワイバーンは下から見ると思った以上にデカく、攻撃もすさまじい。見上げるような高さから長い首をブンブンと振り回し、頭に生えている長い角をものすごい勢いでぶち当ててくる。その度に、ガーン! という激しい腹に響く衝撃音が上がっていた。俺が直撃を受けたら間違いなく即死である。これが魔物との戦闘の現実なのだ。思わずゴクリとツバを飲んだ。


 戦闘を見ていると、盾役がワイバーンの攻撃を一手に受けながら、剣士と魔術師が死角から攻撃を加えていくスタイルのようだった。しかし、頭が二つあるためどうしても一方の頭の攻撃を抑えきれないようだ。


「ジャック! またターゲット外れてるわよ!」


 クラウディアが盾役に叫ぶ!


 その直後だった、ワイバーンが巨大な尻尾をいきなりブンっと振り回し、剣士と盾役が吹き飛ばされた。


「ああっ!」「キャ――――!」


 前衛崩壊である。


 ワイバーンはズーンズーンと地響き鳴らしながらクラウディア達に迫った。


「ホーリーシールド!」


 クラウディアは光り輝く魔法の防御壁を展開する。しかし、ワイバーンの力は強大だ。ガーン! ガーン! とシールドにデカい角をぶち当て、今にも崩壊しそうであった。


「キャ――――!」


 クラウディアにしがみついた魔術師が悲鳴を上げる。


「ちょっとアウラ! しっかりして!」


 クラウディアは必死になってシールドを支えながら叫ぶ。しかし、劣勢は明らかだった。


 さすがにこれは出番だろう。俺はリュックから最強の殺虫剤『ハチ・アブ・マグナムZ』を取り出し、取っ手をガチャッと下ろしてロックを外した。これはスズメバチ用の最終兵器、射程距離はなんと十三メートルもある。ホームセンターで一つだけ残っていたとっておきの切り札だった。


 そして、クラウディアに近寄って言った。


「このトカゲ、倒しちゃっていいですか?」


 クラウディアは俺の方をキッとにらむ。


 ダサいヘルメットをかぶった工事現場の作業員の様な身なり。武器らしい武器も持ってない。なのになぜこんなに自信満々なのか? と、クラウディアは困惑してるようだった。しかし、前衛崩壊、ホーリーシールドが破られたら全滅確定の命の危機に、答えなど一つしかなかった。


「お、お願いします……」


 俺はニコッと笑うとシールドの脇から殺虫剤を噴射した。


ブシュ――――!


 派手な音を立てながら殺虫成分がワイバーンに襲いかかる。


 ワイバーンは俺の方をギロっと睨んだが、直後、「ギョエ――――!」と断末魔の叫びを上げながらどす黒く変色し……、そしてドロッと液体になって溶け落ち、最後には真っ赤な魔石がコロコロと転がった。


「う……、うそ……」


 クラウディアは目を真ん丸に見開いて言った。魔術師も唖然あぜんとしている。


「はい、お疲れ様でした」


 俺はクラウディアを見てニッコリと笑いかけた。


「あ、あなた何やったの?」


 クラウディアは眉間みけんにしわを寄せて聞いてくる。


「俺は薬剤師、ワイバーンに効く薬を調合して、かけたんだよ」


 俺は適当に嘘をつく。そもそも俺自身、なぜ殺虫剤で魔物を倒せているのか分からないのだ。でも、『分からない』じゃ誰も納得しない。それっぽい説明しておいた方が都合が良さそうだった。


「薬剤師……。聞いたことないわ。あのと……パーティ組んでるの?」


 そう言ってエステルの方を見る。


「そうです! 私はソータ様の付き人なんです! ソータ様は何と言っても……」


 エステルは得意げに解説を始めたので、俺は、


「エステル! あの倒れてる前衛を治してやってくれ!」


 と、ごまかした。稀人だということを知られると、ロクなことにならないに違いないのだ。俺は金貨を安定的に得られる道を作るのが第一目的なのだから。


「あ、そ、そうですね!」


 エステルがテッテッテと走って治癒魔法をかけにいった。


「た、助かったわ……。ありがとう……」


 クラウディアは疲れ切った顔で伏し目がちに言った。魔術師も頭を下げる。


 俺は真紅に輝く魔石を拾うと、


「これは山分けでいいですか?」


 と、聞く。


 クラウディアは首を振って言った。


「何言ってるのよ。あなたの物よ。私たちは命があっただけでもラッキーなんだから」


「そう? ありがとう」


 俺はうれしくなった。Aランクの魔物なのだ、きっと金貨十枚くらい……六十万円近い収入になるに違いない。俺は小さくガッツポーズをした。


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