1-3. 時空を超える鏡
時をさかのぼる事数十分、俺は東京のワンルームの自宅にいた――――。
今日も面接。リクルートスーツを着込み、最後に鏡でチェックをする。でも、鏡を見ながら俺は、
「行きたくねーなぁ……」
と、つぶやいていた。どうせまた人格否定されて落とされるのだ。もう何十通もお祈りメールをもらってきた俺には全て分かるのだ。俺は大きくため息をつき、鏡の向こうの疲れ切った顔をしばらくボーっと見ていた。
その時ふと、昨晩飲み会でサークルの美人の先輩に言われたことを思い出した。
『就活が嫌になったら、殺虫剤持って、鏡に【φ】って書いてトントンと二回叩くといいわ。就活しなくてよくなるから』
先輩はニヤッと笑いながら、俺を見ていた。なんともおかしな話である。
その時は、相当酔っぱらっていて、
『なんすかそれ! そんなんで就活しなくてよくなるなら、みんなやってますよ! なんすか殺虫剤って!?』
と、食ってかかったのを覚えている。先輩は在学中にベンチャーを起業したらしいから、就活の苦しさが分かってないのだろう。
おまじないでも何でもやってみるか……。
「えーっと、殺虫剤持って、【φ】書いてトントンね」
就活地獄で心身ともにボロボロな俺は、
直後、鏡はピカッと閃光を放ち、俺は目がくらんだ。
「ぐわぁ!」
何だこのおまじないは!? 俺は混乱した。一体何が起こったんだ……!?
目が徐々に戻ってきて、俺はそーっと目を開ける。鏡は……、鏡だ。別に変ったところはない。何かが出てくるわけでもなく、ただ、細長い姿見の鏡がリビングのドアの隣にあるだけだ。
俺は不審に思い、そっと鏡面に触れてみる。
すると、鏡面はまるで水面のようにスッと指を受け入れ、波紋が広がった。
「はぁ!?」
鏡が液体みたいになっている!
一体こんなことあっていいんだろうか? 物理的にあり得るのか? 俺は想像を絶する事態にうろたえた。
もしかして心労がたたって幻想を見てるだけかも……。しかし、何度触っても鏡は液体のままだった。
俺は好奇心が湧いてきて腕をズーっと鏡の中に入れてみる。どこまでも入ってしまう。鏡の裏側を見てみたが、腕はどこにもない。腕はどこに消えたのか?
空間が跳んでいる、つまり、別空間へのトンネルが開いたと考える他なかった。
『就活しなくてよくなるから』っていうのは、内定が出るって意味じゃなくて、どこか別世界へ行けるっていう意味らしい。あの先輩何を考えているのか……。
俺は意を決してそっと頭から鏡に潜ってみた……。暗い。真っ暗だ。
棚からアウトドアで使っていたヘッドライトを取り出して点け、再度潜ってみる。
しかし、ライトをつけても暗い……。どうも洞窟みたいな岩肌が見える。濡れて黒光りするカビ臭い洞窟。
ちょっと、これ、どうしたらいいのだろうか? とても嫌な予感がする。
「『君子危うきに近寄らず』だ。大人しく面接に行こう」
そうつぶやいて、顔を引っ込めようとした時だった。
「きゃぁぁぁ!」
かすかに女の子の悲鳴が聞こえた。
どうしよう……。
空耳……、空耳だということにしたい……が、女の子の悲痛な叫びを無視できるほど俺は冷酷にはなれなかった。
俺は急いで靴を
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