1-5. ゴブリンの洗礼

 すっかり暗くなって孤児院へ戻ると、夕食の準備が進んでいた。


「院長~! ユータが帰ってきたよ~!」


 誰かが叫ぶと、院長が奥から出てきた。


 俺を見るなり院長は走ってやってきて、


「ユータ! 遅いじゃない!」


 と、怒り、そして


「大丈夫?」


 と、少しかがんで俺の目を見つめ、愛おしそうに頭をなでた。


 俺はポケットから銀貨三枚を出して言った。


「遅くなってごめんなさい。僕からの寄付です。受け取ってください」


「えっ!? これ、どうしたの?」


 目を丸くして驚く院長。


「薬草が売れたんです」


 すると、院長は目に涙を浮かべ……、俺をガバっと抱きしめた。


 俺は院長の豊満な胸に包まれて、ちょっと苦しくなってもがいた。


「ちょ、ちょっと苦しいです」


 孤児院の経営は厳しい。窓が割れても直せず、雨漏りも酷くなる一方だ。そんな中で、十歳の孤児が寄付してくれる、それは想定外の喜びだろう。


 院長はしばらく涙ぐんで抱きしめてくれた。


 ただ、手足が傷だらけなことを見つけると、長々とお説教をされた。


 確かに崖の採集には工夫が必要だ。明日からは柿採り棒みたいな採集道具は持って行こうと思った。


 アルは銀貨を見て、


「えっ!? 俺も行こうかなぁ……」


 と、言ってきたが、


「森まで二時間歩くよ、そこから森の中をずっと行くんだ」


 と、説明したら、


「あー、俺はパス!」


 と言って、走って逃げてしまった。十歳の子供には荷が重かろう。


 それからは森通いの日々だった。日曜日はミサがあるので休みにしたが、それ以外は金稼ぎに専念した。


 平均すると毎日七万円程度の稼ぎになり、孤児院に二万円ほど入れるので、毎日五万円ずつたまっていく計算だ。実に順調なスタートだと言える。


       ◇


 その日もいつものように朝から森に出かけた。


 近場はあらかた探しつくしてしまったので、ちょっと奥に入ることにする。


 いつもより生えている木が太く、大きいが、その分、いい薬草が採れるかもしれない。


 鑑定をしながらしばらく森を歩くと、奥の方でパキッと枝が折れる音がした。


 俺はビクッとして、動きを止める。


『何かいる……』


 冷や汗がブワッと湧き、心臓がドクドクと音を立て始めた。


 物音はしないが、明らかに嫌な気配を感じる。


 何者かがこちらをうかがっているような、密やかな殺意が漂ってくる。


 俺はそーっと音がした方に鑑定スキルをかけていく。


 


 


ウッドラフ レア度:★1


カシュー レア度:★1


キャスター レア度:★1


ゴブリン レア度:★1


魔物 レベル10




 俺は血の気が引いた。


 魔物だ、魔物が出てしまった。


 ゴブリンは弱い魔物ではあるが、俺のレベルは1だ。まともに戦って勝てる相手じゃない。今、俺は死の淵に立っている。


 どうしよう……、どうしよう……。


 必死に考える。


 木の上に逃げる?


 ダメだ、そんなの。下で待ち続けられたらいつかは殺されてしまう。


 やはり、遠くへ逃げるしかないが、どうやったら無事に逃げられるのか……。


 俺は気づかないふりをしながら、そーっと今来た道をゆっくりと歩きだし……、


 バッグも道具も一斉に投げ捨て、全速力で駆けだした。


「ギャギャ――――ッ!」「ギャ――――!」


 後ろで二匹のゴブリンが叫び、追いかけてくる音がする。


 絶体絶命である。


 全く鍛えていない十歳の子供がどこまで逃げられるものだろうか? 絶望的な予感が俺をさいなむ。


 しかし、捕まれば殺される。俺は必死に森の中を走った。


 森に入ってまだ十分くらい。数分駆ければ街道に抜けられるだろう。そして、街道に出たら、助けてくれる人が出るまで街道を走るしかない。


 ハァッ! ハァッ! ハァッ!


 息が苦しく酸欠で目が回ってくる。


「ギャッギャ――――ッ!」「ギャ――――!」


 すぐ後ろから迫るゴブリン。距離はドンドン縮まっている。ヤバい!


 最後の急坂を全速力で駆け下り、街道に出る。すると遠くに男の人がいるのを見つけた。俺は大声で叫びながら駆ける。


「助けて――――!!」


 ゴブリンもすぐ街道まで下りてくると、一匹が俺をめがけて槍を投げてきた。


 槍はシュッと空気を切り裂き、激痛が俺の脇腹を貫く。


「ぐわぁぁ!」


 俺はもんどりうって転がった。


 槍は少しそれていたおかげで、わき腹を少しえぐっただけにとどまり、その辺にカラカラといって転がる。


「ウキャ――――!!」


 もう一匹のゴブリンは転がった俺をめがけてジャンプし、短剣を振り下ろしながら降りてくる。


 ゼーゼーと荒い息を吐きながら無様に転がる俺にはもうあらがうすべがない。もうダメだ!


 俺は腕で顔を覆った……。


 次の瞬間、


「ギャウッ!」


 といううめき声と共に、ゴブリンが俺の隣に落ち、汚い血をまき散らした。


「え!?」


 見ると、ゴブリンの額には短剣が刺さっていた。


「おーい、大丈夫か?」


 遠くから冒険者らしき男性が駆けてくる。


 彼が助けてくれたようだ。


「だ、大丈夫……ですぅ……」


 俺は安堵あんどで全身の力が抜け、フワフワとする気分の中、答えた。


 九死に一生を得た。


 殺されたゴブリンは霧のようになって消え、エメラルド色に輝く緑の魔石が残った。


 俺は魔石を初めて見た。そうか、こうやって魔物は魔石になるんだな。


 槍を投げたゴブリンは、冒険者の登場にビビって逃げ始める。


 男性は逃がすまいと、転がった槍を拾い、ダッシュで追いかける。


 俺は自分のステータスウィンドウを開き、状況をチェックした。


HP 5/10


 と、HPが半減している。もう一撃で死ぬらしい。ヤバかった。


 すると、次の瞬間、


 ピロローン!


 と、頭の中で効果音が鳴り響き、いきなりレベルが上がった。


ユータ 時空を超えし者


商人 レベル2


「はぁ?」


 俺は何もやってない。やってないのになぜレベルが上がるのか?


 見ると、遠くで男性が槍でゴブリンを倒していた。


 あのゴブリンを倒した経験値が俺に配分されたということだろう。しかし、男性とはパーティも何も組んでいない。なのになぜ倒れているだけの俺に経験値が振り分けられるのか……? バグだ……、バグのにおいがするぞ! この世界を司るシステムの構築ミス。神様の勘違いだ。ゲーマーの俺だからわかる、バグのにおいだ。


 もしかして……。


 この瞬間、俺はとんでもないチートの可能性に気が付いてしまった。それはゲーマーでかつ、ステータスを見られる俺にしかわからない、奇想天外な究極のチートだった。


「俺、世界最強になっちゃうかも?」


 ズキズキと痛む脇腹の傷が気にならないくらい、最高にハイな気分が俺を包んでいった。

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