1-2. 転生したら孤児だった件

 俺は瀬崎せざきゆたか、なんとか憧れの大学には入ったものの折からの不景気で就活に失敗。アルバイトをしながらのギリギリの暮らしに転落してしまった。


 遊びまわる金もなく、ゲームばかりの毎日。しかも無課金だから、プレイ時間と技で何とか食らいついていくような惨めなプレイスタイルだった。必死になった分、ゲームシステムの隙をつくような技にかけては自信はあるのだが、そんなスキルあっても全く金にはならないのだ。


 カップラーメンや菓子パン詰め込んで朝までゲーム、そしてバイト。こんな暮らしがいつまでも続くわけがない。ある日、ついに不摂生がたたり、ゲームのイベント周回中に心臓が止まった。


「うっ」


 いきなり襲ってきた強烈な胸の痛み。


「ぐぉぉぉ!」


 俺は椅子から転げ落ち、のたうち回る。苦しくて苦しくて、冷や汗がだらだらと流れてくる。


 きゅ、救急車……呼ばなきゃ……ス、スマホ……。


 しかし、あまりに苦しくてスマホを操作できない。


 ぐぅ……死ぬ……死んじゃうよぉ……。


 目の前が真っ暗になり、急速に意識が失われていく。


 え、これで終わり……? そ、そんなぁ……。


 これが現世での最後の記憶である。


 


 俺はキラキラと輝く黄金の光の渦の中に飲み込まれ、溶け込んでいくような感覚に包まれながらこの世を去ったのだった。


 人生ゲームオーバー――――。


     ◇


「……豊さん……」


 誰かが呼ぶ声がする……。


「……豊さん……」


 何だ? 誰だ? 俺はゆっくりと目を開けた。


「あ、豊さん? お疲れ様……分かるかしら?」


 気が付くと俺は光あふれる純白の神殿で、美しい女性に起こされていた。


「あ、あれ? あなたは……?」


 俺は急いで体を起こし、目をこすりながら聞いた。


「私は命と再生の女神、ヴィーナよ」


 そう言って、にっこりと美しい笑顔を見せた。


「え? あれ? 俺死んじゃった……の?」


「そうね、地球での暮らしは終わりね。これからどうしたい?」


 ヴィーナは優しく微笑んで、俺の目をのぞき込む。


「え? どうしたいって……、転生とかできるんですか?」


「そうね、豊さんはまだ人生満喫できていないし、もう一回くらいならいいわよ」


 やった! 俺は目を輝かせ、両手を合わせて祈るように言った。


「だったら……チートでハーレムで楽しい世界がいいんですが……」


 すると、ヴィーナはまたかというように、首を振り、うんざりした表情を見せる。


「ふぅ……最近みんな同じこと言うのよね……。そう簡単にチートでハーレムなんて用意できないわよ」


 不機嫌になってしまったヴィーナ。確かに同じ世界にチートハーレム勇者を何人も配置できるわけがない。贅沢な望みだったかもしれない。しかし、これは次の人生に関わる重要なポイントだ、なんとかいい条件を勝ち取らねばならない。


「じゃ、チートだけでいいのでお願いしますぅ」


 俺は必死に頼み込む。


 その無様な俺の姿を、ため息をつきながら見つめるヴィーナ。


「ふぅ……、しょうがないわねぇ……じゃぁ特別に『鑑定スキル』付けておいてあげましょう」


 そう言ってヴィーナは何やら空中を操作してタップした。『鑑定スキル』というのは一般には、アイテムやモンスターなどの詳細情報を空中の画面に表示してくれるスキルである。ただ、情報が分かるだけで強くなるわけではないので、上手く使うには骨が折れそうなスキルだ。


「え~、鑑定ですか……」


「何よ! 文句あるの?」


 ギロっとにらむヴィーナ。


「い、いえ、鑑定うれしいです!」 


 急いで手を合わせてヴィーナにおがむ俺。と、ここで俺はこのヴィーナのセリフ、にらみかたは、どこかで見覚えがあることに気づいた。


「……、よろしい! では、準備はいいかしら?」


 ニッコリと笑うヴィーナ。


「も、もしかして……美奈みな先輩ですか?」


 そう、ヴィーナは大学時代のサークルの先輩に似ていたのだ。


「じゃぁ、いってらっしゃーい!」


 俺の質問を無視し、強引に見切り発車するヴィーナ。


 テーマパークのキャストのように、ワザとらしい笑顔で手を振る。


「いや、あなた、やっぱり美奈みな先輩じゃないか、こんなところで何やって……」


 俺はすぅっと意識を失った。


      ◇


 皆が寝静まる深夜、俺はベッドで目が覚めた。


「え? あれ?」


 俺はこぢんまりとした孤児院で暮らす十歳の少年、ユータ……だが……。


 むっくりと体を起こし、周りを見回す。


 ここは子供用三段ベッドの中段、右も左も三段ベッドが並び、孤児だらけ。窓から差し込む淡い月明かりがすすこけたカーテンを照らし、静かに現実を浮かび上がらせる。


「いやいやいや、何だこれは?」


 混乱した俺は目をつぶり、記憶を呼び覚ます。


 俺はここで暮らしている孤児……だが、日本で暮らしていた記憶もありありと思いだされる。あの豪華なグラフィックだったMMORPGの攻略方法まで詳細に覚えている。特殊な薬草集めて金貯めて、装備を整えてダンジョン行くのが最高効率ルート。途中、バグ技使って経験値倍増させるのがコツだった。妄想なんかじゃない。


 と、なると……俺はこの少年に無事転生したってこと……なんだろう。


 俺はベッドに腰掛け、周りを見る。隣のベッドに寝ているのは……そうそう、親友のアルだ。幸せそうにすやすやと寝ている。


 そうだ、俺は孤児であり転生者、やった! 二回目の人生だ、今度の人生は上手くやってやるぞ! と思ったが……孤児? 女神様ももうちょっと気を使ってくれてもいいのに。貴族の息子の設定とかでもよかったんだよ? 俺はあの先輩に似た女神様を思い出し、ふぅっとため息をつく。


 なんともハードなスタートだよ。


 えーっと……。何か特典を貰っていたな……。確か……『鑑定』、そうだ! 鑑定スキル持ちなはずだぞ。


 だが、どうやるかまで聞いてなかった。


 俺はアルに向かって、


「鑑定……」


 とつぶやいてみた……。


 だが……何も変わらない。


 おいおい、女神様……。チュートリアルくらい無いのかよ……。俺はちょっと気が遠くなった。


 ゲームでは指さしてクリックだったが……クリックってどこを?


 試しにアルを指さしてみたが、そんなので出てくるはずがない。


 俺は途方に暮れ、大きく息を吐き、月明かりの中幸せそうに寝てるアルをボーっと見つめた。


 鼻水の跡がそのまま残る汚い顔、何かむにゃむにゃ言っている。一体どんな夢を見ているのだろうか……。


 まさか親友が異世界転生の20代のゲーマーだとは思ってもみなかっただろう。


 アルが鑑定出来たらどんなデータが出るのかな……レベルとか出るのかな……。


 と、その時だった。


 ピロン!


 頭の中で音が鳴っていきなり空中にウィンドウが開いたのだ。


「キタ――――!!」


 俺は思わずガッツポーズ。


 どうも心の中で対象のステータスを意識すると自動的に『鑑定ウィンドウ』が開く仕様になっているらしい。俺は興奮しながら中を見ていった。


アル 孤児院の少年


剣士 レベル1


 と、ある。他にもHP、MP、強さ、攻撃力、バイタリティ、防御力、知力、魔力……と並んでいるが、どの位あるとどうなんだというのまではよく分からない。ただ、HPが0になったら死ぬのだろう。ここは要注意だな。


 自分を鑑定するにはどうしたらいいか……だが。良く分からないので、「ステータス!」と、言ってみた。


 すると、空中にウインドウが開き、俺のステータスが出た。なるほどなるほど!


 喜び勇んで中を見ると……。


ユータ 時空を超えし者


商人 レベル1


 しょ、商人だって!?


 何だよ、女神様……。そこは勇者とかじゃないのかよ! せめてアルみたいに剣士にしておいて欲しかった。トホホ……。


 明らかに異世界向きじゃないハズレ職に俺は意気消沈である。


 その後、手近な仲間を一通り鑑定したが、皆ただの孤児院の子供ばかり。特殊な属性持ちは見当たらなかった。


 さて、俺はこの世界で何を目指せばいい? 商人じゃ派手な冒険は無理だ。となると、金儲け特化型プレイ? うーん、どうやったらいいんだ?


 うーん……


 まぁいいや、明日ゆっくり考えよう。


 俺はベッドに横たわり、毛布にくるまった。明日からの暮らしはどう変わるかな……。とりあえず、なんでも全部鑑定してみよう。隠された真実が分かるかもしれないぞ。ワクワクした気持ちを温かく感じながら、静かに目を閉じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る