59. 再会の分娩室

 ――――それから五年。


 英斗とレヴィアは東京の田町にある女神のオフィスで働いていた。


 地球を丸っと動かすコンピューターシステムと言ってもバグや障害は発生するし、ハッカーたちが悪さしたり、魔王のようなテロリストが攻撃を仕掛けてきたりする。管理者アドミニストレーターである女神にはそういったトラブルを解決する役割があり、英斗たちはそれをお手伝いしていた。


 いくら英斗が好きな宇宙を選べると言っても、些細なことまで全部宇宙を選び続ける訳にもいかない。世の中、あちらを立てたらこちらが立たないことは多いのだ。


 英斗がデスクで端末を叩いていると、レヴィアがコーヒーを片手にやってきて、


「嫁さん、そろそろ予定日じゃろ?」


 と、ニコニコしながら聞いてくる。


「はい、もうそろそろですよ。すっかりお腹も大きくなって、ポコポコ蹴ってくるんですよ」


 英斗は嬉しそうにそう返す。実は仕事をしていても、もうすぐ生まれる赤ちゃんのことで頭がいっぱいだったのだ。


「ははは、楽しみじゃのう」


「レヴィアさんのところはまだですか?」


 ニヤッと笑う英斗。


「う、うちはそういう計画じゃないから……」


 真っ赤になって、うつむくレヴィア。


「ふふっ、毎晩パワーアップしてそうですね」


 レヴィアはギロッと英斗をにらむと、


「お主はどうしてそういうデリカシーの無いことを!」


 と、いいながら背中をバシバシと叩いた。


「痛い、痛いですって! あ……」


 その時、ピコンとスマホにメッセージが入る。


「じ、陣痛だ! 行かなきゃ! 後、お願いします!」


 英斗は急いで空間を割ると病院へと跳ぼうとする。


「おいおい、まずは自宅なんじゃないのか?」


 レヴィアは呆れたように言う。


「あっ! そうだった! さ、紗雪ーーーー!」


 英斗は行先を自宅へと変え、空間を跳んで行く。


 いよいよやってくる赤ちゃん。いままで覚えたことのないような嬉しさ半分、不安半分の不思議な感情に戸惑いながら、英斗は紗雪の元へと急いだ。



         ◇



 翌朝、空が白み始めたころ――――。


「はい! 頭見えてきたよー! さぁ最後のひと踏ん張り!」


 女医さんの声が分娩室に響く。


 んんーーーー!


 パジャマ姿の紗雪は分娩台で足を開き、持ち手を握って全身の力をこめていきんだ。もう何時間も激しい痛みと戦って疲労困憊こんぱいだったが、いよいよクライマックス、最後の力を振り絞る。


 直後、するりと赤ちゃんが女医さんの手に降りてきた。


 オギャー! オギャー!


 分娩室に可愛い声が響きわたる。


 や、やった……。


 長かった、手に汗握る出産に安堵し、英斗は紗雪の髪をなでながら大きく息をついた。


 女医さんは手早くへその緒を処理すると、


「はい、可愛い女の子ですよー!」


 と、嬉しそうに英斗に見せた。


 生まれたての真っ赤な新生児。その可愛い顔には泣きぼくろがついている。


 それは忘れられないタニアのチャームポイントだった。そう、やっぱりタニアは二人の子供だったのだ。


 英斗はこの数奇な運命に思わず涙ぐむ。魔王軍の襲撃で、魔王城で、激しい戦いの中、何度この子に助けられたか知れないのだ。


 今はか弱い新生児でも、すぐにとんでもない存在へと育っていくだろう。


「ありがとう。待ってたよ」


 英斗はそっとタニアの頭をなでた。


 タニアは目を開け、英斗を見ると泣き止み、


「パパ……?」


 と、小首をかしげる。


「おぉ、パパだぞ!」


 英斗は唖然としている女医さんからタニアを受け取ると、


「ほら、ママもいるぞ」


 と、紗雪の方を向かせる。


 紗雪はそっと伸ばした指でタニアの泣きぼくろをなで、


「おかえり……」


 と言ってポロリと涙を流した。


「マンマ……」


 タニアはちっちゃな手で紗雪の人差し指をキュッとつかむと、幸せそうに微笑んだ。


 女医さんはその光景を見て、


「え? なんでもう話せるの?」


 と、青ざめた顔で思わず後ずさった。


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