57. 宇宙の意志

「おい! 何見せつけてくれてんだよ!」


 魔王の罵声が響いた。


 ユラリと立ち上がる英斗。


 くるっと振り向き、確固たる決意が浮かぶ目で魔王を見据えると、ツカツカと魔王の方へと歩き出した。


「特異点だろうが今の俺には関係ない。すり潰してくれるわ!」


 魔王はクワッと目を見開くと、次々と煌びやかに輝く魔法陣を展開し、英斗を炎であぶり、重力で潰し、絶対零度で凍らし、真空で切り裂いた。


 その圧倒的な攻撃のラッシュはすさまじく、爆発的なエネルギーの奔流が英斗の身体の周りで渦巻く。


「あぁ! 英ちゃん!」


 激しい閃光に目を向ける事すらできない紗雪は、今にも泣きそうな顔で叫んだ。


 しかし、英斗の歩みは止まらない。次元を切り裂いても、英斗の身体のデータを書き換えても何をしても止まらなかったのだ。


 爆煙を身にまといながら、青く不気味に光る眼でまっすぐに魔王をにらみ、淡々と魔王との距離を詰めていく英斗。


 あまりの想定外のことに魔王の額を冷汗が流れる。この世界の法則を牛耳っているはずの魔王に倒せない者がいることなどあってはならなかった。


 魔王はピョンと大きく後ろに飛び、距離を取ると、


「仕方ない……。究極の技で葬ってやろう……」


 魔王はギロリと英斗をにらみ、両手のひらを英斗に向け、うぉぉぉぉ! と雄たけびを上げる。


 魔王の目は血走り、苦しそうにしながら技を繰り出そうと脂汗をタラリとながした。


 満天の星々の美しいシールドの中を、英斗は淡々と魔王を目指し、歩く。辺りには、魔王が放った魔法の残り火がかすかな音を立てていた。


 直後、ギュウンと空間が一瞬歪み、全ての音がピタッと止まる。


 英斗も足を空中に上げたまま不安定な姿勢で止まってしまった。


 魔王は辺りを見回し、全てが止まっている状況に満足げにうなずくと、


「クハハハ! 見たか! これが世界制動シャットダウンだ! 海王星のサーバーの動作を止めた。お前らはもう動くことも感じることもできん。俺の勝ちだ! はーっはっはっは!」


 と、満足げに笑った。不気味な存在だった英斗ももはやただの人形同然である。


「さーて、あの女を無茶苦茶に犯してぶち殺し、生首を見せてやろう。どんな顔するかな? クフフフ……」


 魔王はタッタッタと軽快に紗雪のところまでかけていくと、紗雪の顔を、身体をねちっこく視姦し、


「うーん、ちと胸が足りんがいい身体だ。グチャグチャに犯してやる。ウヒヒヒ……」


 と、言いながら服に手をかける。


 直後、ゴスッ! と、鈍い音をたてて、魔王が吹っ飛んだ。


 ぐはぁ!


 魔王は一体何が起こったのか分からず唖然とする。何かが頭をヒットした。しかし、自分以外時間が止まったこの空間で吹き飛ばされるなどありえない。


 満天の星々の中に浮かぶシールドの中で、英斗は離れたところで足を上げたままだし、ヴィーナも転がったままだ。一体どういうことか分からず、魔王は鼻息荒くしながらギリッと歯を鳴らした。


 魔王は辺りを慎重に見まわし、再度紗雪に迫るとそっと服に手を伸ばした。


 刹那、ゴスッ! とまた魔王が吹き飛ばされる。


 ゴロゴロと転がり、無様にひっくり返る魔王。


「チクショウ! 誰だ!」


 魔王は真っ赤になって辺りを見回す。そして、英斗の立っている位置が微妙にさっきと違うことに気が付いた。


「小僧……? 貴様、動けるのか!?」


 魔王は信じられないというような顔で喚いた。


 英斗はニヤッと笑うと、


「あれ? バレちゃった」


 と、嬉しそうに肩をすくめた。


「な、なぜだ……。くっ!」


 魔王は得体の知れない英斗の強さにゾッとして、冷や汗を流す。


「諦めな、宇宙の意志がお前を許さない」


 英斗はそう言って、ツカツカと魔王に向かって歩き始めた。


 魔王は気おされ、後ずさりながら、


「特異点、お前は危険だ! この世界ごと葬ってやる!」


 と、充血した目で叫ぶと、床を蹴り跳び上がった。シールドを超え、宇宙へ高く舞い上がっていく魔王。


 火の玉になった地球の紅い輝きをうけながら満天の星々の中で


「ぬぉぉぉぉ!」


 と、鬼のような形相で魔王は吠えた。


 いよいよ、魔王の最大の攻撃が来る。英斗はキュッと口を結ぶと、精神をもう一度瞑想の世界へと下ろしていく。


 スゥーーーー、……、フゥーーーー。


 と、深呼吸を繰り返し、その時を待つ英斗。


 汗びっしょりになった魔王はニヤリと笑い、


「準備は整った……。この一帯の星系含めてお前ら全部消し去ってやる。お別れだ……。クフフフ……」


 と、ドヤ顔で英斗を見下ろした。


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