53. オタマジャクシの怒り
「逃げられるわけがないだろう。クフフフ……」
魔王はいやらしい笑みを浮かべると、ドスッとヴィーナの胸を踏みつけにした。
カハッ!
苦しそうにうめくヴィーナ。
魔王はニヤリと笑うと、虹色の炎の中でビクンビクンと痙攣をおこしているレヴィアの方を向き、
「無駄なあがきをしおって。五百年、長かったな……。ノイズの海に消えたまえ」
と、勝ち誇る。
しかしもう、レヴィアには意識は残っておらず、ドラゴンの巨体はブロックノイズを残しながら徐々に小さくなり、最後には灰一つ残さずに消えていった。
「さて、ヴィーナ。これからお前は俺の奴隷だ。分かったな?」
魔王はそう言うとヴィーナの脇腹を蹴り上げた。
ぐふぅ!
ヴィーナは一瞬衝撃で浮き上がり、ゴロゴロと転がった。
何とか活路を見出そうと、荒い息をしながらよろよろと身体を身体を起こすヴィーナだったが、今度は頭を蹴り上げられ意識が飛んでしまう。
こうして、魔王の一方的な蹂躙で地球の復旧どころではなくなってしまった。
紗雪は火の玉となって鮮烈な熱線を放っている地球をボーっと眺めていた。英斗もレヴィアもパパもママも友達も全てが失われてしまったことに、もう生きる気力も何もすべてなくなってしまう。絶望に塗りつくされ視界すら暗くよどむ中、指先一つ動かせず、ただ力なく涙を流していた。
満天の星々の中、ただ、魔王がヴィーナをいたぶる凄惨な衝撃音だけが響いていた。
◇
時は少しさかのぼり、撃ち殺された英斗の魂は黄金の光が渦巻く全てが溶けこんだスープの中を流されていた。
キラキラと輝く黄金の微粒子が英斗の魂の中にもいきわたり、徐々に分解して液体へと変えていく。
英斗は全てから切り離され、ただ、スープの中を漂いつづける。
何か大切なことがあったような気もするが、今はただ静かにこの温かな光の中へゆったりと溶け込んで全てと一つになっていきたい。必死にあがいていたが、あがく必要などなかったのだ。英斗は満足感の中でゆったりと流れに任せていた。
どんどんと分解されていく英斗の魂……。
その時、どこかから声が聞こえた。
『パパ、パパ……』
誰のことを言っているのか? 自分には関係ない……。そう考えていた英斗だったが、次の瞬間、泣きぼくろのチャーミングなプニプニほっぺの幼女のイメージがふわっと浮かぶ。
え……?
英斗は混乱した。この可愛いのは一体何だ?
幼女は必死に何かを語りかけてくる。
『パパ、そっちはダメ……』
ダメと言われても、今さら必死にあがくような生き方になど戻れない。このまま静かに全てと溶け合っていくこと、それが人としてあるべき姿に違いないのだ。
だが、次の瞬間、魔王に顔を蹴り上げられて転がる紗雪のイメージが浮かぶ。美しく透き通るような肌に鮮血がツーっと流れていった。
え……?
何だこれは……?
これは誰……?
えっ!? さ、紗雪じゃないか!
直後、爆発的なエネルギーが魂の奥底から湧き上がってくる。
うぉぉぉぉぉ!
と、英斗は雄たけびを上げた。
『そうだ、紗雪にタニアじゃないか、思い出した。一体僕は何をやっているんだ?』
英斗は正気を取り戻し、辺りを見回す。すると、向こうの方に巨大な手が見えた。それは幼児のプニプニとしたモミジのような手だった。
ただの火の玉のような発光体になってしまった英斗だったが、うねうねと形を変えることで何とか推進力を得てオタマジャクシのように必死に泳ぐ。
タニアの手もグググっと伸びてきて、最後には英斗の魂をグッとつかんだ。
直後、激しい閃光が走り、英斗は全身が焼けるような激しいエネルギーの奔流を受け、意識をもっていかれそうになる。しかし、それは望んで得た覚悟の痛みであり、英斗は歯を食いしばりながら時空を超えていったのだった。
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