41. 死神の足音

「お前はなんでそんなこと知ってるんだ?」


 英斗は眉をひそめ、魔王をにらんで聞いた。


「七百年前くらいにある地球滅ぼしたら、実際に出てきてそう言ってたんだよ」


 英斗は唖然として頭を抱える。気軽に地球を滅ぼし、女神と会話する魔王、どういうことか混乱してしまう。


「ちょ、ちょっと待って。お前と女神の関係って何なんだ?」


「ん? 元同僚だよ。俺も地球たちを作り、運営していたメンバーの一人だったのさ」


 英斗は言葉を失う。このムサい中年男が女神と同列だったという。そんなこと信じられるだろうか?


「ではお前も……、神?」


「はっはっは。まぁ、創られた人からしたらそう見えるかもしれんが、ただのITエンジニアだよ」


 英斗はパンクした。なぜITエンジニアが神様みたいになっているのか? この世界は一体どうなっているのか?


「では女神も……、エンジニア?」


「んー、彼女の場合は管理者アドミニストレーターかな?」


 英斗は何が何だか分からなくなって宙を仰いだ。


「そんなことはどうでもいい。どうだ? 俺の部下にならんか?」


 魔王はいやらしい笑みを浮かべながら英斗を懐柔にかかる。


 ただの高校生を標的にするのは釈然としなかったが、石垣を崩すなら一番弱いところから、ということかもしれない。


「それはお断りしたはずです」


 英斗は毅然とした声で答える。


「部下になるなら……、女神と会った時に地球の再生を頼んでやってもいいぞ」


 魔王はニヤリと笑った。


 えっ!?


 英斗は困惑した。地球の再生は最優先事項。女神の同僚が頼んでくれるなら成功確率は上がるのではないだろうか? 地球を滅ぼした張本人であり、にっくき敵ではあるが、神に近い男の提案は一見悪くないようには見える。


「この世界の半分もやろう。龍族の上に立て」


 さらに提案を重ねる魔王。


 一介の高校生には荷が重い決断に英斗はギリッと奥歯を鳴らし、考え込む。


 女神への依頼方法は二つ。魔王を倒し、女神が出てくるタイミングで直接頼むか、魔王の仲間となり、魔王に依頼してもらう。どっちが成功率が高いかと言えば仲間になった方が高いかも知れない。


 しかし……。


 英斗は何かが引っ掛かり、首をひねった。


「英ちゃん!」


 紗雪が英斗の腕をギュッと握り、首を振る。紗雪のこげ茶色の瞳には涙が浮かんでいる。


 英斗はハッとして紗雪を見つめた。


 魔王の甘言に惑わされてはいけない。『女神に頼んでやる』なんて言ってるが、履行される保証なんてないのだ。


 英斗は何度か深呼吸し、気持ちを整える。相手は人の命を何とも思わないサイコパス、魔王。それを忘れてはならない。


 英斗はキッと魔王を見上げ、


「本気で仲間にしたいなら、そこから降りてきたらどうだ!」


 と、言い放った。魔王がそんなことを言い出すのは追い込まれているからだ。要は自分たちの勝利が近いということでもある。


 魔王は呆れたような目で肩をすくめると、パチンと指を鳴らした。


 ガラガラガラと音をたてながら出入り口にシャッターが下りる。魔王は英斗たちを閉じ込めるつもりだ。


「マズい!」


 逃げようと思ったがもう間に合わない。


 キャハッ!


 すかさずタニアが肉球手袋を光らせながら飛び出し、シャッターに対峙した時だった。


 パン! と、爆発音がしてタニアが吹き飛ばされ、転がっていく。


 上着の焦げ跡から焦げ臭い煙が立ち上り、意識を失ってしまうタニア。


「タ、タニアぁぁぁ!」


 転がっているタニアを英斗は抱き上げ、ギュッと抱きしめた。


 幼女を撃つなんてありえない。それが戦場の宿命だとしても許し難い。


 英斗はタニアの心臓が動いているのを確認すると、顔を上げ、魔王をにらんだ。


 魔王はレーザー銃を肩に担ぎ、ニヤリと笑い、


「そんな余裕を見せてていいのかね? クフフフ」


 と、意味深なことを言う。


「ど、どういうことだよ!」


 英斗が叫んだ時だった。ゴゴゴゴと、重低音を発しながら奥の巨大な鋼鉄製シャッターが上がっていく。


 何が始まるのか分からなかったが、英斗は死がすぐそこにひたひたと迫っている足音を感じ、冷汗を浮かべながらゴクリと唾をのんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る