19. 肉球手袋
魔王城の屋上は漆黒の素材でできた、のっぺりとした野球場サイズの丸い広場だった。隅の方に排気ダクトがニョキっと生えている程度であとは何もない。
下の方では黄龍隊が魔物たちと激しい戦闘を行っており、爆発音が絶え間なく響いている。急がないと見つかって陽動作戦が台無しになってしまう。
レヴィアは床をこぶしでガンガンと叩き、
「くあーっ! こりゃダメだ。コイツは突き破れんのう」
と、渋い顔をする。
「え? じゃあどうしたら?」
「プランBじゃ。タニアを連れてこい」
そう言いながら排気ダクトの方へと走っていく。
「えっ? まさか……」
嫌な予感をしながら、英斗はタニアを抱えて走った。
きゃははは!
英斗にしがみつきながら楽しそうに笑うタニアを英斗は複雑な気持ちで眺める。この幼女に一体何をやらせるのだろうか?
「よーしタニア! パワーアップじゃ!」
レヴィアは何やらガジェットを用意しながら叫ぶ。
アーイ!
タニアは嬉しそうに返事をすると、
「パパ! パパ!」
と、ニコニコしながら両手を英斗の方に伸ばした。
「え? 何?」
英斗は何を言われているのか分からず、眉をひそめながらタニアの顔を見つめる。
直後、タニアは英斗の顔をガシッとつかむと、ぶちゅっといきなりキスをしてきた。
ん、んむー!
いきなりのことに何が起こったのかすぐに理解できず固まってしまう英斗。
「ちょ、ちょっと何やってんのよ!」
紗雪が焦ってタニアを引きはがす。
呆然とする英斗をしり目にタニアは、
キャハッ!
と、嬉しそうに笑ってペロッとくちびるを舌で舐めると、激しい黄金の光を放った。
「へ?」「は?」
紗雪の時とは全然違う眩しい輝きに一行は唖然とする。それは心にまで染み渡る、温かで神聖な光であり、英斗は思わず後図だった。
やがて光が落ち着いてくるとタニアが胸張ってニコッと笑っている。
「お、お前……、まさか……」
英斗は自分とのキスでパワーアップしたタニアを見て言葉を失う。パワーアップのキスとは昂る相手としなくてはならないのではなかっただろうか? なぜ、こんな幼女が自分で昂るのか分からず、英斗はどうしたらいいのか分からなくなった。
タニアは、キャハッ! と楽しそうに笑うと、ポッケから肉球のついた可愛い手袋を取り出し、身に着けた。
レヴィアは予想外の展開に少し困惑しながらも、タニアの頭にヘッドライト兼カメラを装着していく。
タブレットでカメラと同期するのを確認したレヴィアは、
「ヨシ! タニア。ここを潜って屋上への通路を開けるやり方を探せ!」
と、床からにょっきりと生えている排気ダクトを指さした。
「あーい!」
タニアは楽しそうに敬礼をする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。タニアをこの狭い管に落とすんですか?」
英斗は幼女に危険なことをやらせるレヴィアにクレームをつけた。
「じゃあお主、どうするんじゃ? 他に方法でもあるんか?」
レヴィアは毅然とした口調で反論する。その真紅の瞳にはゆるぎない信念が映っている。
「え、いや、それは……」
「いいか、我々は生きるか死ぬか、それこそ八十億人の人命を背負っておるんじゃ。道徳を説くな!」
「わ、分かりますけど……」
と、その時、タニアがキャッハァ! と上機嫌に叫び、肉球手袋を振り上げる。
すると、タニアの周りに黄金色の光の微粒子がぶわぁと浮かび上がり、それが急速に手袋に集まっていく。
手袋に光が集まりきった瞬間、タニアは排気ダクトに向けて肉球手袋を斜めに振り下ろした。
刹那、黄金色の閃光が走り、手袋から発生した黄金の光がまるでレーザー光のように排気ダクトを一刀両断にする。
ガン! グワン、グワン!
と、派手な音を立ててダクトは床に転がった。
英斗たちはその圧倒的な破壊力に言葉を失う。レヴィアですら突破をあきらめた特殊素材でできた排気ダクトを、まるでダンボールを切るようにあっさりと崩壊させた。それはとんでもない想定外の力だった。
きゃははは!
タニアは嬉しそうに笑うと、トコトコと排気ダクトの根元まで行ってそのまま中へと飛びおりていった。
「ああっ!」
英斗は急いでダクトをのぞきこむ。そんな気軽に飛び込んでいい所ではないはずだ。幼女の向こう見ずな蛮勇に嫌な予感がよぎる。
「タニアぁ……」
冷汗をかきながら目を凝らすと奥の方でチラチラと動くヘッドライトが見える。どうやら無事なようだが、この先一体どうなってしまうのか胸がキュッと痛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます