9. プニプニのほっぺ

「どうした? 分かったか?」


 レヴィアは振り返り、ニヤッと笑った。


「こ、これは宇宙船ですよね? どうしてこんなところに?」


「いかにもこれは火星移住船【エクソダス】じゃ。遠い昔のな」


 レヴィアはちょっと寂しそうにそう言って、遠い目で宇宙船を眺めた。


「火星!?」


 英斗はその壮大な計画のスケールに言葉を失う。その昔、こんな山のような宇宙船を作る文明が栄え、そして、何かただならぬ理由があってここに横たわり、今や朽ち果て、自然に還るのを待ちながら住居となっている。一体どれだけの人の想いがここには詰まっているのだろう。そう思うと英斗は畏敬の念で胸に重苦しさを覚えた。


 英斗は静かに首を振り、草原を駆け抜けてくる風に髪の毛を揺らしながら、ただ、その偉大なる宇宙船に見入っていた。



       ◇



「頭に気をつけるんじゃ」


 レヴィアはそう言いながら、ガコッとハッチを開け、船内を案内する。


 英斗はハッチをつかみ、その異様な軽さに驚いた。さすがに火星へ行ける科学技術力を持つ文明だけはある。


「あら、レヴィちゃん、お客さんかい? 珍しいねぇ」


 すれ違うおばちゃんに声をかけられ、


「あー、ちょっと腐れ縁でな」


 と、苦笑しながら返す。まるで田舎の村のようである。


 宇宙船の内部はさすがにいろいろと手が入って改装されており、少し窮屈ではあるが住みやすそうな集合住宅になっていた。ただ、住民は少なく、さびれた雰囲気が随所に見受けられる。


 きゃははは!


 いきなり幼女の笑い声が響き、幼女が上の方の通気ダクトから英斗めがけて飛びおりてくる。


 うわぁぁぁ!


 英斗はあわてて受け止め、抱きしめる。


 ボブのショートカットでサラサラとしたブラウンの髪にクリっとしたつぶらな瞳、プニプニとした紅いほっぺたは柔らかく、目じりには泣きぼくろが一つ。幼女は可愛いほほえみを浮かべ、まるで天使のように見えた。


「ねぇ、あそぼ! きゃははは!」


 幼女は屈託のない笑顔で笑う。3歳前後だろうか? ミルクのような甘い香りがふんわりと漂ってくる。


「こらこら、タニア! おにぃちゃん困っとるぞ」


 レヴィアはたしなめるが、タニアと呼ばれた幼女は小首をかしげ、


「ダメ?」


 と、英斗に聞いてくる。


 その天使のようなしぐさにキュンと来てしまう英斗。


「しょうがないなぁ、後で遊んでやるからね。ちょっと待っててね」


 そう言いながら、マシュマロのようなふんわり温かなほっぺたにスリスリと頬ずりをした。


 きゃはっ!


 タニアは満面に笑みを浮かべ、嬉しげに笑うと、もぞもぞと動いて英斗の腕の中から抜け出し、トコトコトコと通路の先を目指した。


「こらっ! タニア!」


 レヴィアは追いかけたが、タニアは一足先に作戦指令室へと入っていく。


 英斗もついていくと、タニアはお菓子の袋をゴソゴソとあさっていた。


 何だろうと思ってみていると、タニアは小さなパイの個包装を取り出し、トコトコトコと英斗の前にやってきて、


「どうじょ!」


 と、差し出した。嬉しさを顔じゅうにほころばせて、それはまるで満開のひまわりのように英斗の心に温かい風を吹き込んでいく。


「お、おう。ありがとう」


 英斗はしゃがんで受け取ると、くしゃくしゃとタニアの頭をなでる。


 キャハァ!


 タニアは歓喜の声を上げ、両手をバッと上げた。


「おいおい、勝手にお菓子を漁っちゃダメじゃぞ」


 レヴィアは渋い顔で指摘する。


 ぶぅ!


 タニアは唇を震わせながら眉をひそめ、顔いっぱいに不満を表明する。英斗は、


「このくらいいいじゃないですか。ねぇ、タニア?」


 そう言ってかばった。


 レヴィアは渋い顔をして、


「まぁええわ。コーヒー淹れるからその辺に座っとけ」


 そう言うと、奥へと引っ込んでいく。


 部屋は年季を感じさせるインテリアで、かなり昔に塗られた淡いミントグリーンのペンキにはヒビがあちこちに入ってしまっている。天井には巨大なクリスタルの円筒が設置され、よく見るとバウムクーヘンのような筋が入っている。何らかの投影装置だろうか?


 部屋の奥にはたくさんの計器やタッチパネルやスイッチが並んでいたが、ほこりがかぶっていて長年使われていないように見える。


 英斗が椅子に座ると、タニアは嬉しそうによじ登ってきた。


 苦笑いしながら英斗はタニアを抱き上げ、ももに乗せ、頭をなでる。


 にまぁ、とタニアは人懐っこい笑顔を見せてくるので、英斗も嬉しくなってパイを取り出し、ひとかけらタニアの口に含ませた。


 タニアはシャリシャリと美味しそうにパイを味わい、キャハッ! と喜びの声を上げ、ダラーっとよだれを垂らした。


「あー、もう。しょうがないなぁ」


 英斗はハンカチを出してタニアの口の周りを拭いてあげる。


 するとタニアは手を出して、


「もっと!」


 と、嬉しそうにせがんだ。


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