能登の痛み①
「ホタカ先生っ! だからどこ行くんですか!?」
「どこって一つしかないじゃん! 張本人のところだよ!」
僕と小岩は、相談室から出ていったホタカ先生の後を追った。
『廊下を走るな!』の大原則を華麗にスルーし、一切の迷いなく先を急ぐ姿は、いっそ清々しい。
それにしても張本人、とは麻浦先輩のことか。
しかし、それは流石に早急というものだ。
今事実確認をしたところで、彼がまともに取り合うとは思えない。
ましてや、ホタカ先生は非常勤のようなものだ。
彼女の存在自体、知る人の方が少ないだろう。
そんな人間の言うことなど、真面目に聞くはずが……。
「あの……、そもそも麻浦先輩のクラス知ってるんですか?」
僕がそう聞くと、ホタカ先生は何も言わずにその場に急停止する。
やはりお得意の先走り、か。
そう思われた時、彼女は少しずつ言葉を漏らし始める。
「あのさ、トーキくんにコイワくん。私、スゴイこと思いついちゃった」
「……はい?」
「えっと……、つまりはどんなこと、ですか?」
小岩は必死に声を絞り出すかのように、彼女に質問する。
「アサウラくんをすっ飛ばして、バックにいる大人と接触する方法!」
「いや。そんなこと言われても……」
「だってさ。非常勤の私が聞いたところでまともに取り合ってくれないだろうし、何よりトーキくんが絡んでる時点でそれどころじゃないでしょ」
今更ですか、という言葉を僕は何とか言わずに止める。
そんな僕の努力などお構いなしとばかりに、ホタカ先生は不敵な笑みで僕を見つめてくる。
「そ・こ・で〜。トーキくん、言ったよね? アサウラくんはあの事件とも関係があるんだよね?」
「いや……。言ってはないですね。なんか、一方的に悟られましたけど」
ホタカ先生にその話を振られた時、僕は無意識的に視線を逸してしまう。
そんな僕を、彼女は見逃してはくれなかった。
「あのさ、トーキくん。事件のこと、まだ話す気になれない?」
ホタカ先生は眉尻を下げ、いつになく神妙な顔つきで僕に聞いてくる。
絶対に話したくない、というわけでもない。
ただ、これを赤裸々に話すことは同情目当てではないにしろ、どうしても気が引けてしまう。
もちろん、捜査の一環という建前なのだから、敢えて拒む理由もない。
いや、それとも……。
僕は傷付いている、のか?
昨日風霞たちと話した時にも感じた。
これを周囲に話さないことが、ある種自分を保つための手段とでも言うのか?
分からない。
自分のことであるが故、なのかもしれないが。
「別に……、そういうわけでもないですけど。ていうか、ホタカ先生。ヤケににこだわりますね。普通に刑事事件なんだから、警察に丸投げした方が良いんじゃ……」
「もちろん最後はね。でもまだダメ。キミにはちゃんと見届けてもらうから」
「何を、ですか?」
「さぁ? それはお楽しみに、ね」
こちらとしては一切ピンとくるものはないが、もはや全て彼女に委ねるしかないのだろう。
本当に、謎だらけの人だ。
第一、彼女の目的とは直接には関係ないだろう。
僕の更生だとか、そんな下らない理由ではないとすれば、他に何が……。
「さ! 本題に戻るけど、アサウラくんは一連の事件とも密接に関係している、ってことでいいんだよね?」
「まぁ、そうですね。というより、主犯格って言った方が……」
「そう! ポイントはその主犯格ってところだ! そこでトーキくんに問題です!」
「何ですか、また急に……」
「次の故事成語の意味を答えよ! 『
またしても、彼女の面倒臭い部分がカタチになって現れた。
とは言え、これ以上余計な抵抗を挟むエネルギーもないので、僕は嵐が過ぎ去るのを待つかのように、惰性的に彼女のペースに合わせる。
「そうですね……。まぁ要するに一人では何も出来ない、てとこですかね?」
「まぁそんな感じかな。そして、それは悪事を成すためであっても、例外ではないのだよ!」
「えっと……、つまり麻浦先輩に加担した人物を当たれ、ってことですかね?」
僕がそう言うと、ホタカ先生は何も言わずにウィンクをしてくる。
なんとも周りくどい人だ。
であれば、その
しかし、これしきのことで一々呆れていたのでは、これから先進む話も進まない。
「だからさ! その子も児童ポルノの件に関与してるって考えるのが自然じゃない?」
「なるほど……。分かりました。まぁ現状分かってるところでは、一人心当たりがありますね」
「天ヶ瀬くん。ひょっとして能登くんのこと、かな?」
小岩は、こわごわと質問してくる。
僕はコクリと首を縦に振った。
確かに能登もあの事件の一端を担っていると言って良い。
とは言え、実際のところ共謀したというよりは、先輩からの一方的な命令なのだろう。
もしくは小岩と同じく何か弱みを握られたか。
ただ、能登の場合は元々関係性があったようなので、前者の可能性が高い。
まぁ飽くまで僕が知る範囲で、だが……。
それにしても小岩の様子を見る限り、小岩と能登が直接的に繋がっているという線は薄そうだ。
「よし! じゃあそのノトくん? をおびき出して、洗いざらい吐いてもらおうか!」
「イチイチ言い方が物騒なんですよね……。これだから無敵の人は」
「まぁまぁ。で、でも、どうやって呼び出すんですか? 麻浦先輩もそうですけど、僕とか天ヶ瀬くんじゃまともに相手にしてくれない気が……」
「ふっふっふっ! それについては、お姉さんに名案があります!」
小岩の質問に、ホタカ先生は自慢げに答える。
彼女が何を考えているかは分からないけれど、これだけは確かだ。
能登もまた、僕たちと同じように掌上に
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