第46話 発覚


「やっぱりな。ここだけ空気の流れが不自然だった」


 壁面から現れた隠し階段を見てシルキーが笑みを浮かべる。

 その階段は地下に続いているようで、先の方から冷たい風が流れ込んできていた。


「どうする? 行く?」


 隠し扉の奥に続く階段を見て、リドは小さく問いかける。


「ふふん。大丈夫ですわ師匠! 仮に何かが出てきても私が討ち倒してみせます!」


 エレナの言葉に皆が頷き、リドたちは階段を下ることにした。


 そうして進むこと五分程――。


「暗いですわ……。怖いですわ……。オバケとか出そうですわぁ……」


 エレナはミリィの腕にしがみつきながら歩いていた。


 地下へと伸びる階段は薄暗く、夜が苦手なエレナは体をすくめている。


「おいエレナよ。お前、先程の威勢はどこへ行ったんだ?」

「エレナさん。残念ですがエレナさんのソレは薬草じゃ治せませんからね」

「うぅ……。頑張りますわぁ……」

「あ、でも見て。もう終わりみたいだよ」


 リドの言った通り、階段は終点を迎えたようだ。

 エレナは明らかに見て取れる安堵を浮かべている。


「これは……?」


 平坦な石畳の階層。

 そこに降り立ったリドたちの正面にあったのは、黒い扉だった。

 この先に何かがあるのだろうと予想させる程にその扉は巨大で、リドは自然と固唾を飲み込む。


「……」


 リドは周囲を警戒するが、誰もいない。

 中の状況を確認するため扉に鼻を寄せたシルキーも、問題無しとの合図をリドに送る。


「……」


 その時、扉の前の広間にはリドたちにとって不可避の罠があった。


 いや、罠というよりも一人の人物の執念とでも言うべきか。


 リドたちが被っているアルスルの外套は、気配や姿に加えて内部で交わしている会話などの音も遮断する。

 そのため、もしアルスルの外套の効果が維持された状態で外部の人間がリドたちを知覚できるとすれば、それはリドたちが何かを動かしたりする瞬間に他ならない。


 付近に誰かがいれば、匂いや気配を探知できるシルキーが気づくはずだという先入観も手伝って、一行は躊躇なく扉に手を掛ける。


「よし、開けるよ」


 その扉は、意外にも少しの力を込めただけで動いた。

 僅かに開いた隙間から体を滑らせ、三人と一匹はその先の空間へと足を踏み入れる。


「ここは……」


 そこは開けた空間で、複数の石柱が規則正しく並んでいた。

 石柱は「高くそびえる」と表現していいほどの大きさで、今しがたリドたちが下ってきた階段分の高さはあろう。


 地上から伸びている植物のつたや根が絡みついた石柱も見て取れる。


「上にあった大聖堂よりも遥かに広いね。まさか王都教会の地下にこんな場所があったなんて」

「さながら地下の神殿ってところか。しかし……」


 空間の広さも然りだったが、何よりリドたちの目を引いたのは奥の方に広がっていた光景だ。


 最奥の一段高い位置にまつられた女神像は首から上が無く、それがこの地下空間に異様な雰囲気をもたらしていた。


 そしてもう一つ。

 大量の木箱が並べられていることがリドは気になった。


 こんな場所に置かれた箱の中には何が入っているのか。

 思考を巡らせ、皆が同じ答えを思い浮かべる。


 王都教会にいたリドすらも知らない、隠された地下神殿。

 その入り口がドライドの私室にあったということを考えれば、あの箱の中にはリドたちが追っていたものが入っているのだろうと。


「この場所が何なのかは気になるけど、まずはあの箱の中身を確かめたいね」


 一行は歩を進め、並べられた木箱の内一つを選んだ。

 そして中身を確認するべく木箱の横面を破壊すると、中から黒い鉱石が溢れてくる。


「やはりな」


 シルキーが言った視線のその先には、淡い光を放つ黒水晶があった。


「どうする相棒? 一度ここから抜け出してラクシャーナ王やバルガスのおっちゃんに報告するか?」

「そうだね……。ドライド枢機卿の姿は見えなかったけど、ラクシャーナ王に知らせれば情報を元に尋問することは可能だと思う。一旦この場所から離れ――」


 リドが突然、ミリィとエレナを抱えて横に飛ぶ。


「わっ!?」

「きゃあっ!?」


 ほぼ同時、リドたちが少し前までいた場所を鋭い風斬り音が走り、一人の女性が姿を表した。


「チィッ――!」


 激しく動いたことでアルスルの外套の効果は切れてしまったようだったが、リドの咄嗟の判断が無ければ無事では済まなかっただろう。

 それ程に女性が手にした短剣は鋭利な輝きを放っていた。


「鼠め。今のを躱すとは……」


 苦い顔をしながら掻き上げた髪は紫色で、その女性の姿に見覚えのあったリドが声を上げる。


「あなたは……」

「やはり来たな、リド・ヘイワース神官。絶対に生きては返さんぞ」


 深い憎悪の感情を込めながらリドたちを見据えていたのは、枢機卿付きの秘書官、ユーリア・ビスティだった。


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