第117話 メスガキに超厳しいナツキ君

 ナツキが真っ直ぐギュンターに向け突進する。その姿は紛れもなく勇者そのものだ。


「たぁああああっ! 姉喰いスキル合成分解再構築!」


 向かってくるナツキに対し、この期に及んでもギュンターは独演を続けていた。


「ばば、ばかなぁああっ! このエリートで天才の私が負けるはずがないのだ! 私は選ばれし人間だ。この世の愚かで低能な愚民どもを支配する義務がある。愚民はエリートの私が管理すべきなのだ」


「レジーナの剣技スキルに、お姉さんたちのスキルを混成!」


 ズババッ! ズババババッ!

 ナツキの短剣が光り輝く。


「ひぃはあぁああっ! 私は天才だぁ! この私のスキルで社会を変革させ、愚民は愚民らしくエリートの命令通り動く世界にすべきなのだぁああっ! それこそが正義なのだ! ななな、何故、私の崇高すうこうな理念が理解できぬのだぁああ!」


「お姉さんたちとの混成合体スキル、電光爆雷剣サンダーボルトブラスト!」


「あひあひぃぐああ! まま、待てぇええっ! 何故分らんのだ小僧! エリートで天才の私が愚民を管理するのだ。完全なる秩序と完全なる統率により、愚民は私の命令に従って一生機械のように働くべきなのだ! それこそが――」


「この世界の誰であっても、他人を愚民呼ばわりしたり道具として使い潰す権利なんかないんだ! あなたの起こした戦争で、一体どれだけの罪なき人が犠牲になったと思っているんですか! 多くの人の命、引き裂かれた家族、子供たちの涙。あなたには償ってもらいます! てあぁああああああああっ!」


 ズババババババババババババババーッ!


「ぐぎゃあああああああッアババババババっ!」

 ドガァアアーン! プスプスプス――


 青白い雷光がナツキの短剣からほとばしり、その電撃をくらったギュンターが吹っ飛んだ。少しだけプスプスと煙を上げ気絶している。

 最後まで独演を続けたのだけは信念を感じるかもしれない。間違った方向ではあるが。



 スタッ!


 ギュンターを吹っ飛ばしたナツキは、すぐさま体勢を入れ替えゲルトルーデの腰を抱き、優しく抱えながら地面に降り立つ。


 そんなナツキに、ゲルトルーデは完全に恋に落ちてしまったようだ。


「はあぁん♡ お、王子様ぁ♡」

「王子じゃないです」

「運命かもぉ♡」

「あ、あの、降ろしますね」


 瞳をハートにしてぽえぽえしている彼女を床に下ろすと、ナツキは倒れている兵士たちのところに向かった。



「大丈夫ですか?」

「ううっ、俺はどうしたんだ……。ぐああっ!」


 一人の兵士が答える。正気に戻ったようだが、まだギュンターの洗脳魔法が残っているのか苦しみ始める。術者のギュンターが気絶して魔法が弱まったのかもしれないが、まだ効力が残っているのだろう。


「ボクのスキルで、精神回帰復活ディスペルマインドリザレクション!」


 シュパァァァァァァ――――

「ああ……体が楽になってゆくようだ……」


 倒れている兵士たちに解呪魔法をかけると、苦しんでいたのが嘘のように表情が和らいでゆく。


「あ、ありがとう……ゆ、勇者よ、敵である俺たちまで助けてくれるのか……?」


 一人の男が感謝を述べると、まるで水面に波紋が広がるように、ナツキを称える声が大きくなった。


「ゆ、勇者だ! 本物の勇者だ!」

「ありがとう、勇者!」

「俺たちは助かったんだ!」

「奇跡の勇者のおかげだ!」

「うおおおおっ! 勇者様!」



「完全に国民の洗脳を解くにはマミカお姉様の力が必要かもしれないけど、一先ずはこれで」


 戦い終えて姉妹シスターズのところに戻るナツキだが、体力やスキルを使い続けフラフラだ。ろくに寝てないまま帝都ルーングラードから戦い続けたのだから当然だろう。



「お姉さんたち。終わりましたよ。後は――」

 クラッ!


 その時、ナツキが脚をもつれさせ倒れた。ちょうどシラユキの胸の中に。


 ガバッ! ぎゅぅぅ~っ!

「んっひぃっ♡ はわわわわ♡」

「あっ、シラユキお姉ちゃん、ごめんなさい」

「んほっ♡ ふひっ♡ お、お、弟くんの激しいハグがぁ」


 何を勘違いしたのか、シラユキのスイッチが入ってしまった。腰がビクビク震えていて危険な状態かもしれない。



「ちょっと疲れているのかな。よっと――」

 クラッ!


 シラユキから離れたナツキが再びよろける。今度はフレイアを押し倒し腰を抱きしめた。


 ガバッ! ぎゅぅぅ~っ!

「おっ、おほっ♡ くアアぁ~んッ♡ ナツキぃ♡ ダメよぉ♡ そういうのはベッドの上でぇ♡」


 やはり同じように勘違いしたのか、フレイアのスイッチが入ってしまった。今の彼女は完全に子づくりモードだ。子供はたくさん欲しいと思っている。



「す、すみません。睡眠不足かもしれません」

 クラッ!


 三度よろけたナツキが、次は自分の番と待ち構えていたネルネルに突っ込んだ。どうしてそうなったのかは謎だが、彼女をお姫様抱っこしている。


 ガバッ! ぎゅぅぅ~っ!

「ぐひゃああぁっ♡ ななな、ナツキきゅん♡ 今ここでイケナイコトするんだナ♡」


 人前でイケナイコトするわけないのだが、ネルネルの目が本気モードだ。今ならクレアちゃんを凌げる全裸ヒロインも夢ではない。



「もう大丈夫です。ちょっとだけ眩暈めまいがして。まだ修行が足りませんね」


 ネルネルを降ろしたナツキが立ち上がる。四度目は起きなかった。

 これに不満爆発なのはロゼッタだろう。


「ねえねえ、ナツキ君。私は?」

 ロゼッタがナツキの肩をツンツンして自分を指差す。


「えっと……ロゼッタ姉さんはおあずけ・・・・で」


「ちょぉおおおおっとおおおおおぉぉぉぉっ! なんでさぁぁ~っ! 私もイチャイチャしたいのにぃ! それわざとでしょ! もうっ、ナツキ君って意外と鬼畜プレイ好きなんだからぁ!」


 むちっ、むちっ、むちっ――

 やっぱり超恵体のロゼッタが駄々をこねた。


「じょ、冗談ですから。ホントに眩暈めまいでよろけただけです。後でご褒美いっぱいしますから。今は急ぎましょう」




 目の前で憧れの王子様が他の女とイチャイチャしているのを見せつけられ、ゲルトルーデの心は嫉妬と焦りで張り裂けそうなほど昂っていた。


「あ、ああ……私の運命の人が……他の女と……。で、でも大丈夫。昔から『英雄色を好む』と言いますし、わ、私は心の広い女ですから、側女そばめの一人や二人構いませんですよ。そうですとも、私は許します」


 全くそうは見えないのだが浮気もOKらしい。ただ、怒りなのか何なのか、彼女の眉毛がピクピクと震えている。


「そうですね。私のスキルを使ってでも勇者を振り向かせないと」


 遂にゲルトルーデが動いた。その身に秘めた皇帝のスキルを開放する時が来たのだ。



「あなたが勇者ナツキですね。この度は我が国が迷惑をかけ申し訳なく思うところです。皇帝でありながらギュンターの暴走を許してしまったのは、私の不徳の致すところ」


 見た目は子供なのに大人びた態度で話すゲルトルーデに、ナツキは普段通りに接している。誰と話す時でも基本は変わらない。


「ゲルトルーデさんは、まだ子供じゃないですか。大人の男に無理やり従わされていたのならしょうがないですよ」


 そう話すナツキだが、子供だと思っていた彼女の胸が意外と大きく目を逸らした。


「勇者ナツキ、実は折り入って相談があるのですが。時間は取らせません、隣室で話を聞いてもらえませんか?」


「は、はい」


 素直に頷いて彼女の後をついて行くナツキに、姉妹シスターズが止めに入った。


「ナツキぃ♡」

「しゅきぃ♡」

「むはぁ、ナツキ君♡」


「ま、待つんだナ。二人きりは危険なんだゾ」


 他の女が惚けている中、ネルネルが少し正気に戻りナツキの手を掴んだ。


「大丈夫です。皇帝とはいっても相手は子供です。罠は無いと思いますよ」


「そ、そう言う意味じゃないんだナ……」


 違う意味で言ったのだが、相手が子供ということもあり、間違いは起こらないだろうと手を放す。


「すぐ極東に向かってヤマトミコに対処しなければなりません。手短に今後の話をしてきますので、後の処理はネルねぇたちに任せますね」


「お、おうなんだナ」


 一抹の不安を感じながらもネルネルはナツキを見送った。


 ◆ ◇ ◆




 別室にナツキを連れ込んだゲルトルーデは、人生初めてで最大の緊張をしていた。

 ずっと彼氏が欲しいと願っていたが、初めて心を動かされた目の前の男を堕とそうと企んでいるのだ。それもスキルまで活用して。


「そ、そうですね。私のスキルを開放する時がきました。男を堕とすのにしか使えないスキルですが、やっとその時が来たのです。ブツブツブツ……」


 何やらブツブツ言っているゲルトルーデに、ナツキが話しかける。


「あの、何か言いましたか、ゲルトルーデさん?」

「ひっ、な、何でもありませんですよ」

「そうですか」

「それより、私の名は愛称の『トゥルーデ』と呼んでください」

「はい、ではトゥルーデさん」


 よく分からないまま親し気な愛称で呼ぶように命じられる。全く警戒感の無いナツキは受け入れてしまった。


 しかし、ここで彼女が豹変ひょうへんする。



「きゃははははっ♡ よく来たわね。お兄ちゃん!」

「えっ?」


 突然の『お兄ちゃん』呼びに、ナツキがポカーンだ。


「あれれー? お兄ちゃん、私のお胸を見てコーフンしちゃったのかなぁ? もぉ、えっちなんだからぁ♡ 年下の子に見惚れてコーフンしちゃうなんてイケナイんだぁ♡」


 豹変したトゥルーデに、全くついて行けてないナツキが固まっている。実は、このメスガキっぽさは苦手なタイプなのだ。


「も、もしかして、ふざけてます?」


「うっわぁー! 私のお胸にコーフンしちゃうお兄ちゃんはヘンタイさんだね♡ ナツキお兄ちゃんはぁ、ヘンタイさんでぇ、小さな子に甘えたいよわよわお兄ちゃんなんだね♡ 特別にぃ、ママァって呼ばせてあげようか? ふふっ♡ ざーこ、ざーこ」




 挑発するような目つきで胸元を緩めながら話すトゥルーデに、ナツキは幼馴染の女子を思い出していた。同じようにメスガキっぽい印象の生意気な少女だ――――


『いいっ、ナツキ! たとえば女子が挑発するような言動で迫って来た時には、キチッと叱ってやることも大切なのよ』


 胸にパシッと手を当てミアが言い放つ。


『何でさ。そんな女子を叱ったら余計に怒らせそうだよ』


『何言ってるのナツキ! 逃げちゃダメよ。そ、そういう時の女子は、照れ隠しでワガママ言ってるもんなのっ! ナツキは女心が分かってないわね。ほ、ほら、高嶺の花の、あたしとか……』


 ――――――――そうかっ!

 逃げちゃダメだっ! 逃げちゃダメだっ! 逃げちゃダメだっ! 逃げちゃダメだっ!



 そしてナツキのオヤクソク、姉ではなく妹なのに厳しい躾けタイムが発動した。


「ぴぎゃああああああああああ~ん♡」






 ――――――――――――――――


 謎の作戦に出たトゥルーデ、それ絶対間違っているぞ。誰だ変な知識を教えたのは?

 おふざけが過ぎるメスガキには厳しい躾けが必要ですよね。

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