26話(最終章) 紅い月の真実、永遠の契約

「壱流、私の声が聞こえる!?」

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」


 壱流はその場で雄叫びを上げた。私の声は届いていない。


 暴走は止まるどころか勢いを増していく。ガラスどころか建物自体もガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

 倒れていた吸血鬼たちに息はなく、そのまま灰となって消えた。まわりは壱流を怖がるように逃げていく。


 恐怖で足がすくんでるものは、その場から動けずただ立ち尽くしているだけ。壱流だけじゃどうにもならない。


「幻夢、私から離れて。生きてる者を出来るだけ外に誘導しつつ、ここから逃げて」

「そんな、姉貴! まさか、壱流さんを1人で止めようっていうんですか!? そうだ。龍幻先生を呼びましょう! 眠り薬入りの銃なら壱流さんをなんとか」


「白銀先生がここに来る頃にはもうこの街は手遅れになる。それにその銃ならここにもあるわ」

「だったらそれで!」


「無理よ。こんなので壱流の暴走は止まらない」

「姉貴、なんでそんなことがわかるんですか」


「それ、は」


 壱流の感情が伝わってくるから。壱流の血を流して込んでもらったおかげか、貴方の気持ちがわかるの。いたい、苦しい、ほかにもいろんな。


『助けてくれ』

『俺はもっと生きたい』


「生きていたい、よね。」


『闇華と、あいつといつまでも一緒にいたい』


 !


「壱流。幻夢、こんなときにこんな状況でいうことでもないんだけど、私の話を聞いてくれる?」

「僕は姉貴のこと今でも好きです」


「えっ?」

「でも姉貴の好きな人は僕じゃない」


「ごめんなさい」

「謝らないでください。僕は諦めたつもりなんてないですから」


「幻夢、なにいっ……んっ!!」


 幻夢は私の腰を引き寄せて唇を奪った。


「姉貴、隙だらけです」

「なっ」


「姉貴」

「なに?」


「死んじゃダメですからね」

「ええ」


 幻夢はそういうとその場から去っていく。


 ごめんね、幻夢。貴方の気持ちに答えられなくて。私は壱流が好き。それは今も昔も変わらない。これは変わりようがない、変わることのない私のキモチ。


「壱流、痛いけど我慢してくれる?」


 ここからは私と壱流の本気の勝負。


 ―――バンッ!!

 私は眠り薬入りの銃を壱流に撃った。


「ああああああああぁぁぁ」

「やっぱり、きいてない」


 私の予想通りだ。


 どうすれば壱流を助けられるの? 一瞬でも壱流の動きを止めることができれば……。


「闇姫センパイ、手を貸してほしいっすか?」

「誰!?」


 背後から知らない声。

 私は思わず銃を向けた。


「名前は名乗れないっス。でも、止めたいんでしょ? 彼の動き」

「……」


 深くフードを被って顔はよく見えない。怪しすぎる。そんな人に協力してもらう? 

 いや、駄目。あとでなにをされるか、でも……。


「残念ながら他の人は逃げました。ここに残っているのは俺と闇姫センパイとそこの彼。ほら、早くしないと暴走してる彼、死んじゃうっスよ?」

「名前はあとで名乗ってもらう。一瞬だけでいい、壱流を、彼を引き付けて」


「ハイっす。闇姫センパイ」

「……」


 切羽詰まった状況だったから頼んだけど、彼は一体何者? ただの人間に壱流の動きを止められるとは思えない。


「う、そ」


 壱流の攻撃をすべてかわしている。


「私も行かなきゃ。彼が壱流の相手をしてる今がチャンスなんだから」


 私は全速力で走り、壱流のほうに向かう。

飛んでくる壱流の攻撃。それは未完成だけど、吸血鬼が使う炎や雷の能力。

 私、こんなのを壱流が使ったところを見たことない。


「強者の吸血鬼しか普通は使えないっスよ、アレは」

「だったらなんで」


「暴走してるってことは身体能力をすべて引き上げてるということ。つまり、彼の限界が近いって事っすよ」

「限、界?」


「そうっす。このまま街を巻き込み最後は……。闇姫センパイ、おとり役上手くやりますから安心してくださいね」

「え、えぇ」


 初めて会ったはずなのに、彼はなぜ私が闇姫だということも壱流のことも知っているの? それはあとでじっくり聞けばいい。


「壱流―――!」


 届く。もうすぐ壱流に。


「あれが狗遠と夢愛を救ったウワサの闇姫センパイ、か。1度でいいから、あれだけの美少女が歪む顔を見てみたい。今日は珍しい物も見れたし、それだけで来たかいがあったっすね。協力したお礼はいずれ」


「闇、華…? あ、あああああ!!」

「壱流、しっかりして!」


 私は抱きつく。だけど、壱流はすごい力で私を振り払おうとする。それは壱流の意思とは関係なしに。暴走はまだおさまっていない。


「俺は誰なんだ?それにお前は、一体」

「壱流、お願い。思い出して」


 忘れようとしないで。わすれないで。


「闇……か?」

「壱流!? へ、平気なの?」


「いや。頭は割れそうに痛いし、力の制御はできてない。こうしてまともに話せるのも最後のようだ」

「最後って」


「このまま死なせて、く……ッ!?」

「ふざけないで!!」


 私は壱流の頬を叩いた。


「簡単に生きるのを諦めないで! 私がどんな思いで貴方を助けたと思ってるの? 本当は死にたくないんでしょ? 狗遠から紅い月のこと、全部聞いたわ。だから壱流、私のこと……」

「だめだ!」


「!?」

「それだけはいやだ」


「どう、して?」


 運命の人が私じゃないとかそんな理由じゃないのはわかっていた。壱流が本当に言いたいことは伝わっていた。それでも、私にはわからなかった。私はこんなにも壱流のことが好きで、愛しているのにそれでも、駄目なの?


「お前を吸血鬼にしちまったら闇華は死ななくなる」

「それのなにが駄目だっていうの?」


「吸血鬼は死なない。まわりが今生きてる人間が、お前の友達や家族が死んでもお前はそれでも生きているんだぞ」

「!」


「そんなの、お前に耐えられるのか?」

「耐えられる」


「うそだ!」


 嘘なんかついてない。私は壱流がこの世で一番大切なのに。そんな彼となら、いつまでも。


「俺は、たえられない」

「壱流……」


「怖いんだ。完全な吸血鬼になるのが。俺は元々ただの人間だったんだぞ。それがいきなり裏社会に無理やり。俺には、すべてを支えることなんてできない。覚悟を決めろっていうほうが無理だ」

「……」


「だからこのまま死なせてくれ。俺の意識がはっきりしてる今のうちに。殺せよ、闇華」

「だめ!!」


「!?」


 私は壱流にキスをした。


「すべてを1人で抱えようとしなくていい。私がいる! 吸血鬼になるのは私も同じ。まわりが、知ってる人が自分より先にいなくなるのは寂しい。だけど、それなら思い出を作ればいい。思い出は消えたりしない」

「闇華」


「私が壱流を受け止める。あなたの罪も罰もすべて。だから、私を吸血鬼にして」

「っ……わかった。後悔しても知らないからな」


「……ッ!!」


 鋭い牙が私の首筋に。それは今までのどの吸血よりも痛く、深い。


 まるで暗闇よりも暗く、海の底にいるみたい。あれ? こんなときにどうして壱流が以前いっていた言葉を思い出すんだろう?


 これは壱流が死なないためにやる儀式。そして、私が吸血鬼になるための契約。後悔なんてしない。だって、永遠に壱流と……好きな人といられるんだから。

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