16話 元闇姫と現闇姫2

「白銀先生、ありがとうございました。これで幻夢を助けに行けます」

「いいんだよ。修業に付き合ったとはいえ、短時間だからね」


 結局、一度も白銀先生に刃を当てることはできなかった。だからといって弱さを嘆くことはない。


「それにしても……」


 ?


「髪色を闇姫だったころにかえるなんてね」

「さすがにこれじゃいけませんし、誰からも気付かれませんよ」


「オレは気付くよ」


 え?


「キミがどんな姿になってもオレはキミだとわかる。……なんてね。こういうカッコいいセリフは壱流の役目だ」

「壱流は鈍感だから気付かないですよ」


「そうかもしれないね」


 だから、きっと闇姫の姿で隣町で、もし会うことになったとしても、それが私とは絶対にわからない。むしろそれはこっちにとって好都合。


「オレも……」

「?」


「キミのその赤い瞳には美しい景色だけを見せたかったな。オレたちのいる世界は表の人からしたら、あまりいいようにはうつらないから」

「私は、今の自分にはどちらが正しいかなんて判断することはできません。だけど、私の選択に間違いはないと思うから。決められたレールを歩くのはもうやめにします」


「そうだね、それでいい。キミはキミ自身の選んだ答えを出した。それで今は十分だよ。

さあ、行っておいで。手遅れになる前に」

「はい」


「ただ、最後に忠告しておくと」


 ?


「人は予想外のことが起きると対処しきれない。頭では理解していても身体が動かないときがある」


 それって……。


「だからなにがあっても油断は禁物だよ」


 そのくらいわかってる。


「白銀先生、私もう子供じゃないですよ」

「そう、だね。ただ胸騒ぎがするだけ。でも、もし心が限界になったら1人で解決しようとしないで。時には仲間を頼ることも必要だ」


「それは大人としての忠告ですか?」

「どうだろうね。もしかしたらオレが個人的に心配してるのかもしれないね」


 それはどういう……。


「壱流があまりにもキミのことを話すもんだから。って、オレの話は気にしなくていい。気をつけてね、炎帝さん」

「はい」


*    *    *


「もう勝てる気がしない。でも、ここで諦めたら……」

「てめぇ1人に何が出来るっていうんだ?」


「諦めなければ道は開けるって、そう教えられたんです!」

「この戦力差で、てめぇはまだ勝てると思ってんのか? もういい、やれ」


「狗遠総長の許可が出たぞ。おまえらやるぞ!」

「ただの不良がおれらに楯突いたこと後悔するんだなぁぁぁ!」


「(やられる!)あね、き……」


「じゃあ、ただの不良に手も足も出ない貴方たちは一体なんだっていうの?」


 幻夢を殴ろうとした1人を私は容赦なく蹴りあげる。


「「「!?」」」


「幻夢、助けに来たわ」

「姉、貴……っ」


 私は幻夢をかばうようにしてヤクザたちの前に立つ。


「そんな情けない顔しないの。戦いはまだ始まったばかりよ」

「でも、僕、姉貴にひどいことした、から」


「そんなの気にしてないわ。幻夢はそこで見てて」

「この人数を姉貴だけじゃ危険すぎます!!」


 たしかに以前の私だったら無謀だって思う。ヤクザの中には人ならざるものもまじってる。その元凶は建物の上から見下ろしてる天羽狗遠の仕業。


「おりてきたら?」

「俺様が相手をしなくとも手下だけでおつりがくる」


「私が女だからって理由でそれをまだ言ってるんだとしたらそれこそつまらないわ」

「ほぅ。以前会ったときよりも強さが格段に上がってるな。その髪は覚悟の現れか?」


「闇姫だ」

「なんで闇姫が? 死んだってウワサじゃ……」

「今まで姿なんて現さなかったのに」


「……」


 狗遠の舎弟たちは私を見て驚いている。闇姫の私を怖いと感じるものは私と戦う前から既に戦意喪失していた。


「あれが闇姫……」

「特別な血を持つだけあって綺麗だ」


「……」


 吸血鬼たちは私を見ても臆する様子はなく、むしろ極上の獲物が来たと言わんばかりの視線を向けてきた。


「姉貴、僕も加勢します」

「怪我人は大人しくしてなさい。私より前に出ないで」


「え?」

「間違って幻夢を殴ったら笑えないでしょ?」


「今の発言が既に笑えないですよ」


 戦いに夢中になると途端にまわりが見えなくなる。


「元闇姫はこの状況でも勝ちを確信してるというのか?」

「確信してるわけじゃない。ただ行動する前から諦めるのは私、好きじゃないの。やってみないと後悔だって出来ないから」


 私は目の前にいる不良を殴った。近づいてくる男たちを次々と蹴り、行動不能にする。

 久しぶりの戦いだから身体が鈍ってるんじゃないかって心配してたけど杞憂だった。


 ここに来る前、白銀先生と命懸けの戦闘をしたのがどうやらきいたみたい。だけど、汗をかいたのも疲労したのも私だけだったけど。


「以前より格段に強くなっている。いや、俺様の部下が貧弱なだけか」

「狗遠総長、どうします? このままじゃうちの組が……」


「負けるとでもいいたいのか?」

「い、いえ。ですが、そろそろアレを出したほうがいい頃かと」


「そうだな。元闇姫が調子に乗る前に最終兵器を出すか」


「姉貴、やっぱり僕も!」

「幻夢は休んでなさい」


 さすがにこの人数を相手にするのは無謀だったかしら。疲れが目に見えてわかるのか幻夢は私を心配そうな目で見ていた。家族にそんな顔させるなんて私も闇姫としてまだまだだ。


 私のせいで舎弟たちを巻き込んだ。だから、せめて私の手で貴方たちを助けたいの。


「おい元闇姫。これを見ろ」

「助け……て」


 !?


「夢、愛ちゃん?」

「こいつは人質だ。手を出されたくなかったらその場で大人しくしろ」


「待って。どうして夢愛ちゃんが、彼女がここにいるの?」

「俺様の情報網を舐めるなよ。貴様が初めて出来た友人くらい把握済みだ」


「っ……」


 まさか夢愛ちゃんまで巻き込むなんて……。

 彼女は裏社会のことをなにも知らない。

 一般人である彼女は私が闇姫だと気付いているの?


「降伏すれば彼女に手出しはしないのね?」

「姉貴、なにか嫌な予感がします。今すぐ逃げましょう!」


「ごめん幻夢。それは……できない」


 天羽狗遠、貴方はどこまでゲスなの?

 夢愛ちゃんにはこんな汚れた世界を見せたくなかったのに…。


「吸血鬼たちに貴様の血を吸わせるというのはどうだ? 餌は餌らしく黙って自らの身体を差し出せ。さもないと……」

「やめて! 彼女には手を出さないで」


 夢愛ちゃんの首に刃物を突きつける狗遠。

 本気で彼女を殺そうとしている。今の狗遠には手加減や躊躇なんて甘い考えはないだろう。だって、彼は女子供だって容赦なく手を上げる吸血鬼だから。彼がそういう男だと出会ったときに知っていたはずなのに。


 どうしてあの時とどめを刺さなかったんだろう。狗遠と同じになりたくない。だけど、その結果がこれだ。


「負けましたと言ってみろ」

「負け……うっ、」


 言えるわけない。舎弟たちは今も苦しんでる。ここで負けを認めたらすべてが水の泡になる。


どうしたらいい? どうしたらみんなを助けられるの?

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