14話 リベンジマッチ5

「親にこれをどう説明するべき?」


 私は足を見ながら1人つぶやく。あたりは静まり返っている。それもそうか。


 こんな時間なら当然ね。帰りたくないな。

 怪我してるのを見られたくないから。ただそれだけ。とはいっても行くアテがない私は家に帰るしか……。


 ふと、昔のことを思い出す。そうだ。闇姫だった頃はこんな時間でも普通に外を歩いていた。普通に戻ってからはこれは駄目なんだと自分に言い聞かせていた。って、この傷でどこに行くっていうのよ。


「炎帝?」

「え?」


「こんな時間になにしてんだ?」

「壱……皇綺羅すめらぎくん」


 壱流こそ、どうしてここに? 総長だから外にいても不思議じゃない、か。おかしいのは一般人である私のほう。


「皇綺羅くんのほうこそ、最近ずっと学校を休んでいるみたいだけど体調は大丈夫なの?」

「そんなことより今はお前のことだろ!」


「!」

「太ももの傷、どうしたんだよ。誰かにやられたのか?」


「これは自分でやったの」


 電柱が1つもない場所。あるのは月明かりだけ。それなのに気付くって。


「自分でって、情緒不安定か」

「そうかもしれないわね」


 余計な心配をかけたくなくて、本当のことはいえなかった。


「炎帝がよければ、その傷手当てしてもいいか」

「え」


「俺がそういう人間に見えないか? って、そもそも人間じゃないけどな」

「迷惑になるから遠慮しておくわ」


「こんな時に限って遠慮とかいらねぇし」


 そういうと壱流は目の前でしゃがんだ。


「なにしてるの?」

「乗れよ。見たらわかるだろ?」


 おんぶってこと?


「お、俺だって恥ずかしいんだからな。ほら早くしろ」

「じゃあお言葉に甘えて」


「軽いな。ちゃんと食ってんのか?」

「失礼ね。食べてるわ」


「身長だけじゃなくて体重も軽いな」

「どこに連れて行く気?」


「俺んち」

「……」


「警戒すんなよ。変なことはしない」

「知ってる? その言葉が一番信用できないのよ」


「そうなのか? 女と付き合った経験ねぇからわかんねーわ、そういうの」


 しってる。総長してるんだからそんな時間がないのも。違うわね。正確には余裕がない。舎弟思いな壱流のことだもの。自分よりも仲間優先なんでしょうね。


「逆にお前はあんの?」

「なにが?」


「それを知ってるってことは、男と付き合ったことあるんだろ? 男慣れしてたりすんの?」

「そうみえる?」


「いやぜんぜん」

「じゃあなんで聞いたの?」


「なんとなく気になっただけだ。まぁ炎帝は気軽に誰かと付き合うタイプじゃねぇもんな」


 誰かというか、付き合った経験すらない。


「クール美少女なんだろ?」

「それ、いったいどこで」


「龍幻から聞いた。同じクラスの奴等から呼ばれてるんだろ?」

「……」


「悪い。気に障ったなら謝る」

「べつに怒ってないわ。ただ……」


「ただ?」

「私はみんなが思ってるほど冷静じゃない」


 なにを言ってるんだろう。壱流と2人きりだからか。おんぶされて気が緩んでるからか。それとも、月明かりという雰囲気がそうさせているのか。


「今日、キスされたの。だけど、その人は私の好きな人じゃなくて。口と口が触れ合う程度だからって最初は気にしてなかった」

「……」


「だけど1人になった瞬間、急に嫌な気持ちが溢れてきて、今も動揺してる。私ってば変。ほらね、冷静じゃないでしょ?」

「そんなの冷静になれなくて当たり前だ」


 え?


「好きでもない奴に唇を奪われたら誰だってイヤに決まってる。そんなのに冷静もクソもあるか。それは誰もが感じる普通の感情だ。だから、炎帝が思ってるそれはおかしなことなんかじゃないぞ」

「なん、で……」


「炎、帝」

「こっち見ないで!」


「! わ、悪い」


 励ましてほしかったわけじゃない。ただ、話を聞いてくれるだけで良かったの。独り言のように流してくれれば。なのに何故そんなに優しくしてくれるの? 私がいま欲しい言葉をどうして……。


「なんか今の話聞いて安心した。なんのかんのいいながら炎帝も女子なんだなーって」

「どの部分が?」


「好きでもない人にキスされて泣いてるってことはいるんだろ? 好きなやつ」

「いない」


「それは無理があるだろ」

「あと泣いてないから」


「泣いてるだろ。その証拠にさっきから俺の背中が湿って……いてっ!」


 つい手が出てしまった。そんな強く叩いたつもりはないんだけど。


「それ以上いったら、貴方が吸血鬼だってクラスの人にバラすから」

「おっかねー女。つーか、まだ言ってなかったのかよ」


「そんなに口が軽そうに見える?」

「そうじゃなくてだな」


 ?


「俺が吸血鬼ってバレれば自主退学になったりしねぇかなって」

「どれだけ学校辞めたいのよ」


「元々、高校は行く気なかったからな。龍幻がどうしてもっていうから」

「吸血鬼だって通ってるわ」


「それは人間と共存出来る吸血鬼の話だろ?俺はハンパものだから馴染めねぇよ」


 それを気にしてたから学校に来なかったのね。ほかにも理由はありそうだけど。


「高校にちゃんと通えばきっと良さがわかるわ。友達だって出来るし、思い出も。それに夢だって。自分がしたいことも見つかる」

「なら炎帝の夢は?」


「私はみんなを守れるくらい強くなりたい」

「スケールでけぇ夢だな。てか、お前が守る側なの?」


「そうよ」


 普通の女の子なら守ってもらいたいってなるの?


「そこは守ってもらえよ」

「誰に?」


「お前の好きな奴に」

「……」


「なんで黙るんだ?」

「私は好きな人も守りたいと思うわ」


「俺の夢、今決まったかもしれねぇ」


 唐突ね。


「お前じゃなかった。炎帝を守ること、だ」

「今なんて」


「だからお前を守ることって言ったんだ」

「なんで? 私、皇綺羅くんからしたら他人なのに」


「お前があまりにも自分自身を大切にしないから」


 私が自分を大切にしてない?


「みんなを守るだとか好きな奴まもるだとか言ってるわりに自分のことに対しては無頓着だろ?」

「……」


「自覚なかったか?」

「え、えぇ」


「だからそうやって平気で傷をつくる。それ、お前の好きな奴が見たら心配するぞ。

炎帝はもっと自分を大切にしろ」

「壱……皇綺羅くん。私のこと心配してるの?」


「心配してるから守るって言ってんだ。なんとも思ってないやつに対してこんなこというわけないだろ? なんども言わせんな」


 勘違いするようなこというのはやめて。そんなこと言われたら私のこと、もしかして……っておもうから。違うってわかってても、心のどこかでは期待してる。


「あとさ」

「?」


「さっきから壱流って言いかけてやめてるだろ? べつにいいぞ、呼び捨てで」

「でも……」


「なにをそんなに気にしてるのかわかんねぇけど、龍幻も俺のこと名前で呼ぶし」

「……」


 ギリッ。一瞬だけ壱流の肩に爪を立てた。


「って! いきなりなんだよ」

「なんかモヤッとした」


「傷が痛くてイライラしてんのか? それなら、もうすぐ家に着くから我慢してくれ」


 そういうところは鈍いのね。


「そういえば、こんな夜遅くにあんな所にいたのはどうして?」


 総長とはいえ、1人で出歩くってことは何か違う用でもあったのかしら。


「コンビニの帰り。夕食まだだったから」

「吸血鬼でも普通の食事が出来るのね」


「俺の場合は特殊だからな。血だけじゃ満足しないらしい」

「ごめんなさい、変なことを聞いて」


「べつに構わない。人間のお前がこっち側のことを全て知ってるとは思ってないからな」


 ――ガチャ。

 壱流は私を背負ったまま器用にカギを開けた。


「ここでいいか?」

「ありがとう」


 優しくソファーに下ろしてくれた。


「なんか飲むか? っていってもなぁ。水かコーヒーくらいしかないんだが」

「水で平気よ」


「わかった」


 壱流は冷蔵庫の中からペットボトルを取り出し手渡してくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして。っと、消毒薬はどこだったか」


 ガサゴソと押し入れの中から薬を探している。


「あった、これだ。とりあえずタオル濡らしてくるから待ってろ」

「ええ」


 手慣れてる? 意外だわ。


「……」


 さっきから落ち着かない。ワンルームで壱流と2人きり。幻夢は男の子だけど、あの子は弟みたいな存在だから。

 なんだかソワソワする。男の子は舎弟で慣れてると思ったのに。


「濡れタオルもってきたぞ」

「ありがとう。あとは自分でするわ」


「……」

「なに?」


「べつに」


 さっきまで普通に会話してたのに、どうしたのかしら。妙にたどたどしいというか、心ここにあらずって感じ。


「あー! やっぱり俺にとっちゃ毒だな」

「?」


 急に叫び出すと壱流は背中を向けた。私はわけがわからなかった。


「壱流、どうしたの?」

「炎帝、やっぱお前はもっと自分を大事にしたほうがいい」


「それはさっきも聞いたわ」

「違ぇよ。今のはそういう意味で言ったんじゃねー」


「歯切れが悪いのはあまり好きじゃないのだけど」

「半端モノとはいえ、俺が吸血鬼だってこと忘れてないか?」


「あ……」


 やっと納得できた。おんぶしてたときも話してたときも普通だったから平気だと思ってた。


「そんなに吸いたいならどうぞ」

「は!?」


「さっきから我慢してたんでしょ?」

「だからそーいうとこ、だ!」


 え?


「軽々しく男に差し出してんじゃねぇーよ」


 そっか。壱流はまだ私が闇姫だと知らない。紅い月を接種後、血を与えて蘇生させたのもわたし。それに体育館倉庫でも吸われたし、なにも今回が初めてってわけじゃない。


「龍幻に忠告されたんだ。人間の血を気軽に飲むなって」

「……」


「普段から輸血パックで済ませてる俺が吸血したら暴走するかもしれないといわれた」


 壱流のこの様子だと龍幻先生はあの夜のことを話していないようね。


「炎帝にはすこし難しい話だったよな」

「いいの。私も吸血鬼のことは人並みには知ってるつもりだから」


「そうか」

「だから尚更この状況は貴方にとってつらいんじゃない?」


「それがわかってんなら早く手当てしろよ」

「いいよ」


「え?」

「私の血であなたが、壱流が満足できるなら」


 普段ならゼッタイ言わない。やっぱり私、壱流のことが……。


「炎帝」

「っ……」


 壱流は私の髪に優しく触れる。


「やっぱり……」

「?」


「お前の血は吸えない」

「どう、して」


「勘違いすんなよ?」


 え?


「炎帝の血が不味いとかお前が嫌いだからって理由じゃない」

「そう」


 直前で拒絶されたと思った。


「俺はこんな弱ってる炎帝を吸うことはできない。本当にお互いが同意した上じゃないと俺が嫌なんだ」

「私、べつに弱ってなんか」


「怪我で消耗してる。さっきも言ったろ? 炎帝はもっと自分を大事にしろ。俺は吸血鬼だからわかるんだよ、お前が疲弊してんのも。ま、なんとなくだけどな」

「……」


 私だって気付かなかったのに。でも、壱流に言われたら急に疲れが。これも敵のテリトリーにいてずっと気を張っていたせいだ。心なしか視界がぼんやりとしてきた。


「……い、帝!」

「……」


 壱流がなにか言ってるけど私には聞こえない。私はそこで意識を手放した。


「ほら、やっぱり俺の言った通りじゃねえか」


 ピコン。


「この音、炎帝のスマホか?」


 プルプル。


「はい、もしもし? あ、このスマホの持ち主なら今は眠って……」

「姉貴、助けてください!!」


「!」

「僕はいいんです。僕以外の仲間だけでも早く……たすけ」


「おい、なにがあった!?」


 ―――ピー。


「今のは一体? それに姉貴って……」

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