サクリファイス神ガールズ

立談百景

1.祈ヶ淵新嵐[前]

 カーストカースト、スクールカースト!

 マジで嫌な言葉すぎる。それは本来なら存在しないはずの見えない身分が私たちの間にはあるのだと突きつける言葉、最悪の比喩表現。そこそこの身分のやつらは気にしてなくて、過敏な自意識で世間と関わり続けている私たちだけを苦しめる呪いの言葉カース

 いわゆるインドのカーストの最上位は本来司教バラモンだけど、私たちの学校では祈ヶ淵新嵐いのりがぶちあらしただ一個人が最上位で、馬鹿馬鹿しい話だが、彼女はこの学校では神と崇められていた。

 こんな人口だけは立派な町の片隅の、めちゃくちゃ有名というわけではないが県内ではそれなりに名の知れた私立の進学校の、ただただめちゃくちゃ目立つ女子、祈ヶ淵新嵐。その姿は美しく、文武二道を行き、一視同仁のまさに女神だと人は言う。

 ――でもそれは本来ならやはり何かの比喩表現で、やることなすこと神がかっているという意味での「神」であって、彼女自身はただの人間だ。

 人間だった。

 でも多分、人にも分かる姿で神になれるのは、やはり人間だけなのだろう。

 世界がにならなければ、彼女はにならなかったのだろう。

 そう、世界はまさに大暴力時代!

 人々を動く死者に変える感染奇病「ゾンビ病」は世界に不安と混乱をもたらした。有効な治療法もほとんどなく、一度感染が広まれば町ごと閉鎖され、ろくな援助も受けられないまま人々は隔離される。世界中でそんな調子なのだ。

 そして隔離された町で広まったのは、ゾンビと暴力である。

 暴力につぐ暴力!

 ゾンビはゾンビを増やすために人を襲っている。ゾンビに噛まれた者はゾンビになり、またゾンビを増やすために人を襲う。

 そんなゾンビに有効なのは分かりやすくも暴力である。ゾンビが元々は人だったなんてそんなことは関係なく、ゾンビにならないために人々は、頭がつぶれなければ死なないゾンビの頭を破壊して回る。

 そしてゾンビを襲ううちに暴力を振るうことへの罪悪感に鈍感になった人々は、生きるために人を襲うことにも躊躇いがなくなり、やがて暴力は加速度的に世界に蔓延したのである。

 ――そして感染と隔離と暴力は私たちの町にもやってきた。

 町の人々のほとんどが、ゾンビ病が広まり隔離される前に逃げ出した。町から逃げ出せなかった者は、ゾンビになるか、暴力で生き残っている。

 そして奇特なことに……町から者たちもいる。

 それが私たちの学校の生徒だ。

 逃げ出さなかった理由、それが祈ヶ淵新嵐である。

 祈ヶ淵新嵐、祈ヶ淵新嵐、祈ヶ淵新嵐。

 祈ヶ淵新嵐は当初、混乱する学校をよくまとめていた。ゾンビ病を恐れた生徒をなだめ、全てを投げ出そうとする教師を説得し、この不安定な世界でせめて学校を維持すれば少なくとも心の安寧は得られるのではないかと、日常をなるべく変えないことに尽力していた。

 祈ヶ淵新嵐を強く慕っていた何名かが、この集まりのことを「祈りの淵」と名付けて、広め始めた。やがて皆が祈ヶ淵新嵐の元に結束し、祈ヶ淵新嵐の言うことに耳を貸し、その言葉を皆に広め、やがて彼女は――少しずつ畏怖の対象になっていった。

「マジで神じゃん」なんて、最初は誰かの軽口だったろう。神じゃん神じゃんなんて言われてたら、祈ヶ淵新嵐がゾンビ病にかかり、しかしそのゾンビ病を何の奇跡か克服してしまったので、彼女は本当に彼らにとっての神になってしまった。

 祈ヶ淵新嵐の言葉は始めから預言めいたところもあった。神秘的な美少女で、彼女の近くにいるだけで穏やかになれるような、そんな雰囲気もあった。

 やがて「祈りの淵」は、カルト教団然とした組織になった。

 祈ヶ淵新嵐にごく近しい者たちは、彼女の姿を徐々に皆から遠ざけていった。代わりに彼女の考えや言葉を広め、ゾンビ病は治る病であり、そのためには祈ヶ淵新嵐の言葉に耳を貸さなければならないと伝え回った。祈ヶ淵新嵐の加護を得た持ち物を持てと言って回った。

 そして――そして恐ろしいことに、いつの頃からか彼女の血液がゾンビ病を防ぎ、治すための妙薬であると、触れ回っていったのである。

 祈りの淵は水や食料を引き換えに、信者を増やし続けている。この町に取り残され、奇病と暴力に脅える人々に救いを与えるのだと、私たちの学校を総本山とし、祈ヶ淵新嵐の血を信徒に配る。そして信徒が血液を施されるためには、多大な水と食料を献上する必要があるのだ。

 しかしやがて、この血の噂は町中に広まり、この閉鎖された町はいま、祈ヶ淵新嵐の血液を求める暴力、それを守るための暴力で溢れかえっている。

 祈りの淵の拠点である学校はまさに城塞と化した。暴徒の侵入を防ぐための高い高いバリケード、有刺鉄線、見張り塔。資材も乏しいらしく、どれもこれも急ごしらえで瓦礫や廃材を組み合わせた粗末なものだったが、ゾンビと人間の侵入をしっかり防ぐくらいには機能しているらしい。

 学校の周りはいつも隙あらば侵入を試みようと、暴徒たちが近くに拠点を構えている。そして人の集まるところにはゾンビも集まり、この辺りはまさに危険地帯だ。


 ――アタシはいま、この城塞に忍び込もうとしていた。

 祈ヶ淵新嵐、祈ヶ淵新嵐、祈ヶ淵新嵐。

 祈りの淵の教祖であり御神体、ゾンビ病から生還した奇跡の女神。


 それからアタシの大切な、とてもとても大切な、無二の友人。


「新嵐さん、絶対に助けるから待っててくれよ……」

 祈りの淵が新嵐さんを閉じ込めてから約三ヶ月、アタシは準備を整えていた。

 新嵐さんを閉じ込め、神に仕立てたクソ共から彼女を助け出す、その準備。


 彼女を助けられるのなら、アタシはにだってなれる。

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