魔法警察公安0課

七篠 久

異世界転生×警察×スパイ

「ということで、君にはこの魔法の世界で公安警察として諜報活動を行ってもらうよ」




あ然とした"アンノ"を前に、端正な顔立ちの女はそう言った──






時は少し戻り、日が沈みかけた夕方の頃、少年は頭痛で目を覚ました。


「……?」


見慣れない真っ白な天井、あまりにも殺風景なベッドを見回すと、一人の女が座っていた。


「目が覚めたか」


透き通るような声はその顔立ちと共に冷たい印象を持たせた。氷肌玉骨という形容がとても良く似合っている。




「あの……ここは……?」


突然の状況に困惑する少年だが、女は気にせず話し始める。


「医務室だよ。2年近くをかけて君を"呼び戻した"。実に大変だったよ」




何の話をしているんだ??"呼び戻した"だって??




女は続ける。


「落ち着いたらまた仕事に復帰してもらう。状況は2年前と変わっていないが、報告書だけはたんまりあるから読み込んでおいてくれ」




「すみません…何を仰っているんですか……?」


状況が飲み込めない少年は再度質問をした。




仕事?報告書?俺は学校から帰って予備校に行く途中だったはずだ。


思い出してきた。予備校までの道のりで急に目眩がして、その場にうずくまって、


その後目の前が真っ白になって……




想起の最中、女から声がかかる。


「まさか転生酔いでもしてるのか?転生者なんてほとんどいないからそんなものがあるのかもわからないが……」


転生だって??中二な夢を見るのは4年前に卒業したはずだ!




「まさか何も覚えていないなんて言うつもりじゃないだろうな?」




女の強い口調からは焦りがうかがえる。


気まずい空気が流れる中、少年はたまらず言った。




「その……まさかかと……」






数十分後、女は医務室に戻ってきた。


少年の話を聞いたのち、医務室を飛び出したきりだったのだが、何かを察したのか観念したのか、戻った際に当初の焦りは消えていた。




「君はこちらの世界のことを何も覚えていない……それで間違いないか?」


「そうです」


「言葉は話せている様だが、世の中の記憶、常識は全て覚えていない?」


「おそらく」


「それでは情報のすり合わせがしたい。君がいた世界の常識を教えてくれ」




あまりにもスムーズに話が進む。理解力がとてもあるのか、それとも人を信用していないのか。




少年は大まかに自分のいた世界の話をした。学校や予備校のこと、歴史、科学、文学、家族など。


女は表情一つ変えず話を聞いていた。




「なるほど。概ね理解した」




一通りの話を少年がし終えると、女は深く頷いて話し始めた。




「まず君に伝えるべきは、君がもともとは"この世界"の住人で、転生させられたということだ」




あまり考えたくはなかった。しかし、女がいない間の数十分、ぼんやりと推察していた結論の一つではあった。




「そして君は再びこの世界に戻ってきた、いや、戻された。我々からすれば善意だが、君からすると悪夢かも知れないな」




仰る通り、悪い夢なら冷めてくれと思っていたところだ。




「さらに悪いことに、君はこの世界の記憶が無い。つまりはレベル1で転生してきたようなものだ」




最悪は続く。




「お互いに最悪な状況下ではあるが、それでも私達は前を向かなければいけない」




美人に励まされ、少年は少しの余裕を取り戻したようだった。




「そうだな…ポイントを抑えて説明をしよう。不明点は後から聞いてくれ」


女は続ける。


「1つ目はこの世界のこと、2つ目は我々、つまりは君の仕事のこと、3つ目は…サプライズで取っておこうか」




女も少し余裕が出てきたのか、簡単なジョークを話し始める。微笑んだ姿も可愛らしい。




「まず1つ目、この世界のこと。おおよそ転生元の世界に似通っているはずだが、大きく異なるのはこの世界には魔法があるという事だ」




残念ながらそれも想定の範囲内、というか既知の範囲内だった。


女が席を外している間、部屋から出るわけにもいかず外を眺めていると、空を飛んでいる人間を何人か見かけたからだ。




「そして2つめ、仕事の話。これはあくまで我々の中での秘密として受け止めてくれ」




美人に二人だけと秘密と言われると心が躍る。




「余計なことを想像していないで話を聞き給え」




なぜわかった。魔法?




「我々は国家所属の警察官、それだけなら一般的だが、職務としては君たちの世界の公安にあたるものと考えてくれ」




それは想定の範囲外だ。




「具体的には諜報員として暗躍し、秘密裏に事件を解決、もしくは未然に防ぎ国家の安全を守る仕事だ」




所謂スパイと言うやつか。




「君は元々この世界で諜報員として活躍していて、甚大な成果を上げるトップエージェントだったんだ」




「申し遅れたが私は君の上司、キョーコと呼んでくれ」




自己紹介がこんなにも無い会話も早々ないだろう。




「そして君は"アンノ"という名前で活動していた。もちろん偽名だが本名は私も知らない」




自己について紹介してもらい、ある意味での自己紹介となった。




ニッコリと微笑むと、キョーコは英姿颯爽と続けた。




「ということで、君にはこの魔法の世界で公安警察として諜報活動を行ってもらうよ」

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