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「入りますよ、おじいちゃん」
「私はまだおじいちゃんという歳では……あるが!」
「あるじゃん」
「お前は孫じゃない」
「知ってます」
はっきり言って、清麻呂と清仁には随分と年の差がある。何十歳も年上の人間に間違われたのは癪だが、あの時は扇子で顔の半分以上を隠していたので仕方がない。
「なぁ、もっと詳しく教えてくれないか? どうやって現れたんだ? 立ったまま? 座って? 寝てはあるまい。何が原因でぶふぅッ」
「五月蠅い」
イライラの限界点を超えた清仁が清麻呂を平手打ちした。頬を赤くしているのに、清麻呂はなお食い下がろうとする。
「痛いぞ。はッこれが未来人の攻撃方法」
「何が「はッ」ですか。もう宮殿内部です。いくら側近でも不審者過ぎて斬り捨て御免されても知りませんよ」
「何それ怖い。何をされるのか分からないけど怖い」
「ああ、長岡京じゃこの言葉通じないのか」
ここで二人は背筋を正した。門番がやってきたのだ。何か証明が必要かと身構えるが、清麻呂の顔を見ただけで門番は恭しく挨拶をしてくれた。
「お連れの方はどなた様でいらっしゃいますか」
「うむ。清仁。私の親戚だ」
「かしこまりました。お通りください」
怪しい者が一緒でも、清麻呂の一言で済まされた。現代では考えられない。顔パスにしても程がある。身分証明書が無いわけだから、清仁のように、誰かの証言のみで別人に成り切っている人間が他にもいるかもしれない。
場違いな立場に恐縮しつつ待っていると、桓武天皇が姿を現した。確かに昨日会った男だ。本当に天皇だったのか。清麻呂に合わせて頭を下げる。
「おお、清麻呂ではないか。昨日は助かった。私は見違えるように前向きになったよ」
「それはよう御座いました。しかしですね、実は」
「気分が乗って新しい束帯にしたのだ。どうだ?」
「これはこれは素晴らしいお召し物でいらっしゃいます。ところで、例の祟りの件ですが、万が一ということも御座いますから、念のため断ち切る意味で近くに再遷都するのはどうかと」
「あっはっはっは! 面白いことを言う」
――ひぇぇ……会話しているのに全然通じない……。俺の一言でこんな風に変えちゃったのか。昨日とは別人じゃん。
罪悪感が清仁を襲う。桓武天皇と目が合った。目を逸らす。桓武天皇が見つめ続ける。権力に負け、最後は視線を元に戻した。
「清麻呂。この者は誰だ」
「は。これは私の親戚で、清仁と申します」
「なるほど。ふぅ~~~~~む」
じろじろじろじろ。
清仁は背中に大粒の汗を垂らした。決して暑さの所為ではない。
「似ているな! まるで親子! はっはっは」
「あははは」
「目元だけ見たら見間違えそうだ」
「あはははは」
見間違えましたよ。なんてことは言えず、清仁は空笑いをし続けて、清麻呂の進言は空振りに終わった。
二日断食をした面持ちで東院を去る。隣の清麻呂はというと、眉を下げてはいたものの、あまり緊張感を感じない。二人の温度差に寒くなる。それでも清仁は、清麻呂を責めることが出来なかった。
「清麻呂さんだと思った私の進言をすぐ受け止めてくれたから、たった一日だし直接伝えれば考え直してくれると思ったんですけど、うまくいかないものですね」
「桓武天皇、もっと根暗、後ろ向、慎重な性格だったはずなんだが」
「言い換えても本音ばればれですよ」
「天皇には言わないでね」
「言えるわけないです」
言ったら最期だ。想像するだけで寒気がぶり返す。
それにしても困った。せっかく平安京遷都の最重要人物本人が手伝ってくれたというのに、全く進展しなかった。これ以上どうしたらいいのだろう。元の時代に戻る方法も分からない上、重大な犯罪者になった気分である。
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