桓武天皇に助言して、ついうっかり京都を消滅させてしまった

令和から長岡へ

1

 東京から数時間、若野清仁わかのきよひとは京都へやってきた。


 勤続十年、ようやくリーダーという役職に就き、貯金も出来た。ここいらで贅沢をしようと思った。贅沢といっても、海外旅行へ行くわけではなく、京都に二泊、ただし一泊五万する旅館を予約した。旅館代だけで最新のタブレットが買える。中小企業であくせく働く人間にとっては清水の舞台からなんちゃらというやつである。

 それもこれも、独り身ということが大きい。悲しいかな、恋人が去って三年、節約しなくても着々と金は貯まっていった。


 いっそ一度贅沢をして、新しい出会いを求めよう! という気持ちはほとんどないが、繁忙期が過ぎたので、純粋に京都を楽しみに来た。

 歴史が好きとまではいかないが、高校の頃得意な方だった。ただし世界史であるが。実は受験も世界史を選択した。日本史は似たような名前、漢字、大量にいる藤原氏、源氏平氏。誰が親子で、誰が全くの他人か。頭が混乱して断念した。某遣隋使は最初女性かと思っていた。観光案内所でもらったパンフレットに目を遣る。


「う~ん。どこから行こう。二条城……五重塔の方が近いから東寺から……おお、平安京かあ」


 東寺が書かれているページを読むと、ちょうど平安京フェアをやっていて、詳しい説明が書かれていた。十数年前の記憶が呼び起こされる。


「あったあった。長岡京ね! 平城京と平安京の間! 十年しかなかったとか影薄すぎて、何が起きて平安京になったか覚えてないや」


 受験期でも、あまり出題されないからと日本史専攻の友人も長岡京についてはほとんど勉強していなかったように思う。清仁の知識としては、桓武天皇の時代に遷都、場所は京都で、桓武天皇のまま平安京に移った。その程度だ。


「おっと」


 足の裏に違和感を感じて、片足を上げる。その下に四角い石があった。なんてことはない、石を踏んだだけだ。パンフレットに視線を戻す。


「は~~~長岡京から平安京ってわりと近いかも。それならほんとなんで平安京に遷都したん、だ……」


 ふいに喧騒が止み、清仁は顔を上げた。目の前にあった近代的な駅ビルは消え去り、少し見上げれば空に至る高さしかない家ばかりになった。家と言っていいのかさえ清仁には分からない。古き良き日本の歴史的建造物と言った方がしっくりくる。


「ここは……」


 今まで京都にいたはずだった。いや、ここもきっと京都なのだろう。しかし、目の前にある建物は新築かと思われる程綺麗で、周りの人間は皆和服を着ていた。


――なんだっけ。狩衣って言ったっけ。昔の服は種類が多いし名前も複雑で全然覚えてないな。


 清仁は首を振った。

 今はそんなことを考えている場合ではない。これは大変なことだ。夢でもなければ、あり得ないことだ。とりあえず、すぐ近くの一番目立つ建物を観察する。


「これ……宮殿か?」


 自分の科白ながら、どうにも現実味の無い。パンフレットにある平安京の写真と見比べる。形は異なるが、宮殿の内の一つだろうと思われる見た目をしていた。そしてどう頑張っても築千年以上には見えない。暑かった体がゆっくり冷えていく。


「なんと奇妙な」

「…………ッ」


 道行く人から聞こえてきて、慌てて細道に入り込んだ。着ているTシャツを引っ張る。細道から顔半分だけ出して周囲を見回す。Tシャツを見下ろす。


「……これ、変だよな。一人洋服じゃ、調べるためにうろちょろすることも出来ない」


 何かごまかせるものはないか。持っていた鞄を漁る。二泊の予定だったので着替えはある。


「あった! 甚平!」


 今日の、いや、もう今日あるのかも分からないが、花火大会が予定されていた。そのために甚平を持ってきていた。急いで着替える。


「これなら洋服よりいくらかマシだ」


 先ほど見た貴族の連中からしたら甚平なんて下着のようにしか見えないとしても、いきなり逮捕とはならない。と思う。逮捕しないでください。農民とでも思ってくれれば。農民がこういう恰好なのかも知識として持ち合わせていないが。清仁は思い切って細道を出た。


「大丈夫大丈夫!」

「都であのような恰好をしているとは」

「どこから来たんだ」


 大丈夫じゃなかった。


――うそうそ! 詰んだ。人がいなくなるまで動けない。


 結局細道へ逆戻り。あと一歩で大通りに出られるのに、そこから動けなくなった。ここまできたら認めざるを得ない。恐らくこれは、そうなのだろう。令和と言っても通じないのだろう。清仁は一人落胆した。


「はあ……泊まるホテル一泊五万もしたのに……」


 奮発した初めての豪華ホテルが夢の泡になってしまった。切なさに自身の体を抱きしめる。


「おや、これはどうしたことか」


 ふいに、声が降ってきた。藁にも縋りたい清仁は、味方か理解する前に顔を上げた。

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