第24話

 鈍色にびいろの雲が昨日より足を速めて、西に流れていた。

 雲の切れ目から一筋の光が、ウエストリバーの遥か向こうの平野を照らしている。

 冬の柔らかい陽光が、明日ごろには体を温めてくれるのではないかと期待した。


 特別区にある都市開発部門の建屋に入り、係員に地下水路の地図を見せてもらった。


 地下水路は王国創立からあるので、一部は崩れて繋がっていなかったり、迂回路が正しく書き込まれていないかもしれない、とその係員は注意した。

 それは地図を見ただけで分かった。古い羊皮紙で、文字もかすんでいる。


 ドワーフが書き上げた大坑道の地図を見習ってほしいものだ。



 王宮に向かうと、頑強な門扉が立ちはだかり衛兵が二人、こちらを注視している。


 高い鋼鉄の柵に沿って歩くと、衛兵が等間隔で並んでいた。

 まず昼間のうちは確実に衛兵に見つかるだろう。衛兵に賄賂をやるか、別の隠し通路を探すしかない。

 やはり柵を越えて王宮内に忍び込むには、十分な準備が必要そうだ。


 マイロンが殺害されたと思われる、北東の温室が柵越しからでも確認できた。

 庭に鮮やかなコスモスの花が、手向け花のように風に揺らいでいる。


 ――あの地点から地下水路を結ぶとどうなる。

 左目を取り出し、記録した地図を空中に映し出して、最も近い地下水路のほうへ歩いた。


 小さな人工林を抜けると、急に鬱蒼うっそうと低木が葉を重ねた1エーカーほどの広場に出た。

 誰一人いない切り取られたような空間に、背丈の三倍ほどはある立派なシルバーホワイトの直方体が置かれていた。


 王の霊廟れいびょう、マウソレウム。


 ギルド保安室ほどの大きさで、入口は一つしかない。その入口のうえには、神々が議会を開いて何かを審議している様子が、全面に見事に彫り込まれていた。議事堂のミニチュアが、墓標ぼひょうになっているようだ。

 議会の参加者には、布一枚だけ身にまとった女神が、立体的に躍動している。たなびく布の隙間から、死神が天を垣間見る凶悪な顔を見せていた。


 両開きの入口の扉を押したが、びくともしない。ただの岩盤じゃないかと、疑いたくなる硬さだった。さすがに墓を破壊するのは気が引ける。


 入口の石畳やマウソレウムの周辺を念入りに調査した。

 崩れてしまっていて、はっきりとしないが犬の大きな足跡や、靴の跡が複数あった。


 ――ここしかない。ここにけるか。


 高めの木を登り、頑丈な枝に飛び移ると、マウソレウムを見下ろす。

 最近誰かが出入りしていることは間違いない。今日はここ一点に絞って、張ってみる価値はある。


 たとえ空振りしても、明日いっぱいかけて、地下水路を攻略するつもりだ。



 ――しかし、どれだけ待っても、カラスや小鳥が羽を休めるだけで、変化はなかった。


 日が沈み始め、俺はそわそわと枝を移動しながらも、マウソレウムから一時も目を離さなかった。焦りが体を突き動かそうとする。その衝動を抑えるのは、かなりの忍耐を要した。


 辺りを夜霧が包み始める頃、相変わらず浮足立って、枝を小刻みに移動していた。そして、限界に達して、木を降りようかと考え始めていたころ、わずかな光明が差した。


 林の中からかすかな青白い明かりが近づいてくる。

 フードを被り、念入りに全身を外套で隠しているので誰かは分からない。魔法灯でマウソレウムの入口を照らすと、何かの魔法なのか、簡単に入口の石戸が開く。謎の人物は中に入っていくと、しばらくして施錠される音が木々の間を縫っていった。


 俺は興奮していた。もう目と鼻の先に、この街を襲った首謀者がいる。

 動揺を必死に制して、少し様子を見てみることにした。

 すると、間もなくしてもう一つの明かりが、違う道から近づいてきた。


 同じようにフードを被って顔は分からないが、骨格から女性ということは分かった。女がマウソレウムのカギを開けるタイミングで、中に入るため木を降りる。


 一瞬、ガイドルの顔が浮かんだ。突入はギルドに任せてもいいのではないか。

 しかし、墓荒らしなどと言って、言い逃れされるかもしれない。

 決定的な証拠が欲しかった。


 女は王の霊廟に入っていくと、鍵がかかるギリギリのタイミングで、少し開けた戸の間に体を滑り込ませた。


 ガタン!


 暗闇の中で重苦しい音が響いた。扉は内側から開けようとしても全く動かない。

 空気がとどこおっていて、腐臭がした。

 正面の石壁には、いばらのツタが彫刻され、下に続く階段があった。


 ウーラノスの眼で女の足跡をたどる。

 階段を降りると、複数の石棺せっかんが安置されていた。おそらく王族に関係する遺体なのだろう。その二十一代国王のまえで、足跡は消えている。


 ゆっくりと棺桶かんおけの蓋を上げた。

 へばり付いて腐れた蜘蛛の巣が、綿毛のように無数に空中へ散った。

 まるで棺桶が呼吸をするように、霊廟の空気が流れ込む。

 ほこりで息ができなくなり、小さくせき込んだ。


 棺桶の中にむくろはなく、さらに光の無い地下空間への梯子はしごがある。

 死神が手招いているようだった。

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