落日の街

第20話

 暗黒の初冬しょとうの空。

 ウエストリバーの交差点に設置された篝火かがりびが灰を昇らせる。

 やがて朝日が煙霧えんむのなか、傷跡のように横一直線の赤になって顔を出す。煙は日没のように真っ赤に燃え広がった。


「治安維持部隊の指揮は、王国衛兵長が兼任する」


 ギルドハウスの一階でガイドルが声を張り上げた。

 三日前、ギルドメンバー全員に集合命令が発せられた。この命令に従わなかった場合、ギルドを強制退会させられる。つまり、いま来ていないギルドメンバーは全員くびってことだ。


 ウエストリバーは未曽有みぞうの危機におちいっていた。


 夜になるとモンスターがどこからとものなく街の中に現れ、住民が殺される事件が起きていた。警吏けいりの数を増やしたが、被害は拡大する一方で、ついには夜警やけいを中止した。そして、日が昇ったあとの十分な明るさの中で、一斉掃討そうとうする方針に切り替えられた。

 

 国を挙げての作戦に、ギルドもほぼ強制的に駆り出された。

 ギルド保安官は一時的に職を解かれ、王国衛兵長が指揮する守備隊の一兵士に加えられる。

 そうして集まった大勢のギルドメンバーは、一階に入りきらず、街道まで溢れていた。


「やってらんねぇな……」


 俺の横にいる男が愚痴った。

 ――たしかに。ほとんどのギルドメンバーがそう思っているだろう。


 街の治安維持は王国守備隊の問題だ。ギルドメンバーはあくまで住民たちの依頼として最優先に引き受けるのだが、肝心のがない。

 もともと金で動くやつらがほとんどで、ギルドマスターであるガイドルでも、彼らの価値観を変えることなど不可能だ。

 その分、俺らギルド保安官が働いて、坊主たちに大人としての手本を示し、奮起させられるかどうかといったところだ。

 ――だが、しかし……それだけではなく、ギルドメンバーへの詳細な指示が下りてきていないのか、地区を割り当てられるだけで具体的な指示がなかった。

 そこは初日だから、ということで俺の中で割り切った。


 これが連日となれば、さすがのギルドマスターでも俺が口論してやる。……まあ、明日までは我慢するか。いや、明後日ぐらいがギリギリかな……。


***


 俺は割り当てられた大聖堂地区に向かった。

 大聖堂は白亜はくあの教会で、大きなぶ厚い扉を閉めれば要塞にもなる。特別区の外側にあり、有事には庶民が避難する場所になっていた。


 しかし、大聖堂内は王国衛兵隊の本部が陣取っていた。

 プレートメイルを装備し、黄金の兜を脇に抱えた衛兵が三十人ほど壇上だんじょうで地図を取り囲んでいた。

 衛兵の中で、特に輝く鋼鉄の鎧を装備した男がいる。第三十一代国王の横顔が描かれた赤いマントをつけ、騎士ナイトの称号をもつ、王国衛兵隊長タノスだった。

 わし鼻と黒髪のショートの巻き毛が特徴的で、三十代前半の割に落ち着いていて風格がある。


 俺はタノスの姿を見つけると、柱に隠れた。

 柱の陰を音なく渡り歩いて、見つからないように大鐘がある塔の階段を登った。

 ――あっちは知らないだろうが、こっちは十分すぎるほど知っている。

 公的にも私的にも。


 最後の階段を登り終えて、大鐘楼だいしょうろうに着くと、屋根にいた鳩たちが朝雲へ一斉に逃げる。東西南北、四つの石造りのアーチから、街の住宅街を一望できた。

 狙撃ポイントとして、この上ない。

 俺は背負っていた鉄パイプを取り出して、どこに狙いをつけるか考えていると、階段から足音が聞こえた。


 二人の話し声と共に現れたのは、タノスとその側近だった。


「おや、先客がいたようだ」


 タノスの声は力強く響き、聞き取りやすかった。

 俺は逃げ場を無くして、しょうがなく立ち上がり、顔をあわせずうやうやしく頭を下げる。


「君は、もしかして……ギルドのハーズ・ボトリックか?」


 タノスが俺の頭を指さすのが気配で分かった。

 自分の従順な性格が嫌になる。


 ――そして、もう忘れようと思っていたマイロンのことが、また蘇ってくる。しかしそれは仕様のないことだ。なぜなら、タノスはマイロンと結婚した相手なのだから。


 俺はその恋敵に向かって、丁寧に頭を下げているのだ、自分を情けなく思う。

 この地区を担当にしたガイドルに文句でも言いたいところだが、マイロンのことについては、エレナしか知らないのだからしょうがない。


 しおらしくしていれば、去って行ってくれるだろうと思ったが、タノスは兜をツレに預けると、俺の両肩をつかんだ。


「……本当に、残念だった……」


 俺は想定していない展開に戸惑った。

 顔上げると、タノスのあごの骨が浮かんで、歯がきしむ音が聞こえてきそうだった。


「私の力不足だった。彼女は、昨日魔物に殺されたんだ」


 タノスは顔を伏せてつぶやいた。

 ――死んだ? 誰が?


「彼女って、誰のことだ?」勝手に口から、思った言葉が飛び出た。俺は確実な情報がほしかった。


「……マイロンだよ。君は元恋人だったんだろ? それとなく知っていてね」


「うそだろ、マイロンは王宮に居るんだ。魔物なんて出るはずがないし、出たという話も聞いたことがない」


「信じたくない気持ちは分かる。……王宮に魔物が突然現れたことは、ウエストリバーの住民の不安を大きくするため、公表しないことになった。しかしながら……君には知る権利があると思ってね」


 タノスの言っていることは、よく分からないことばかりだった。


 そもそもなぜマイロンが命を狙われたのか不明だし、王宮に魔物が現れたのであれば、まず王宮の守備を頑強にするのが筋だ。兵力を街に分散させることを王族は嫌がるはずだ。


「からかっているのでしょう? 笑えませんよ」


 俺はタノスに無理やりな笑みを返した。

 タノスの痛ましい表情が、俺を不安にさせ、しだいに腹立たしく思えた。


 ――その辛気しんき臭い顔をやめろってんだ。そんな馬鹿なことがあるわけないんだよ……。お前の言っていることは滅茶苦茶だ。仕事の邪魔だからさっさと去りやがれ。


 俺は仕事のため、体勢を伏せて狙撃の準備をした。

 タノスは連れて来たもう一人を置いて、階段を降りて行った。


 右目で照準を定めていると、マイロンの姿が次から次に目の前に写った。

 ウーラノスの眼の残像かと思ったが、左目にそれはなかった。

 途方もない喪失感に、俺は胸をきむしった。

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