剣に願いを、両手に花を

転生新語

プロローグ

 どうやら私は、異世界に転生したようだった。あるいは転移てんい? その辺りがハッキリしなくて、それは私に記憶が無いから。原型をとどめていない、ぼろぼろの服を着て森の中を彷徨さまよって、そしてちからきて私は倒れる。あれ、死ぬの私?


 けものに食べられて死ぬのはいたそうだから、できれば静かにおだやかに世をりたく思って。だから誰かの足音がして、私をお姫様っこで何処どこかへはこんでいくのを感じながら、『どうか苦しめないで、一思ひとおもいに殺して』と。ただ、それだけを暗闇の中で私は考えていた。




 いつまでっても望んでいた死はなくて、森の奥にある集落しゅうらくで、私は介抱かいほうされた。衰弱すいじゃくひどくて、寝かせてもらったベッドの上で、温かい飲み物(小麦のスープだったと後から聞かされた)を少しずつ私は与えられた。


 意識が朦朧もうろうとしていて、そばで看病を続けてくれている彼女が、森で私を見つけて此処ここまで運んでくれた事だけは何故か分かった。熱が出ていて、私のひたいにはれたタオルのような物がかえし、せられる。私のほほでる彼女の手があって、その手を何度も私は、しがみくかのように両手でつかもうと足掻あがいていた。


 何とか意思を伝えたくて、「行かないで……」とだけ、何とかくちにする。言葉が伝わらなかったらどうしようという恐怖があって、だから「眠るまでそばる。安心しろ」という返事があって、ほっとした。ああ、異世界でも言葉が通じて良かったなぁ。


 これが夢なら、きっと悪夢なのだろう。ただ私に取っては、この世界は現実そのものだ。そして分かったのは、私は側に居てくれている彼女に、恋をしたのだという事だった。私を森で抱き上げて、今はほほを撫でてくれている手。そして大人おとなびていて、やや低くて男性みたいな言葉づかいと声。私が初めて覚えた、異世界での初恋という彼女への感情は、そういう体の箇所や特徴へと向けられてから始まった。

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