第27話 赤い実はじけた
「俺のスマホはキッズ用じゃないから夜見さんから連絡もらえれば出れるから」
うちのキッズ携帯は登録されている家族としか通話できないけど、家の電話からこの番号に連絡すれば陽君やり取りできるということだ。
店を出て再び河原町駅の方へ歩き、途中で陽君とは別れた。彼が角を曲がり見えなくなるまでその方向を見てしまう。
夏の陽は高く家路へと向かう時間でも夕方というには明るすぎる時間だ。
まだ気温も高く蒸し蒸しとする家路を一人で歩いていると何とも言えない寂しさを覚えた。いつもならそんなことはない。むしろ、学校から帰る時や休日にぶらりと出かける時に一人だけだと、他の人に気を使わなくてもいいから一人でいることが楽だと思っていた。
でも、今は何か足りないようなそんな寂しい感じがする。できるなら陽君ともっといろいろ話していたい。もっと彼のことを知りたい。
そんな寂しさを感じることでわかった。
うち、陽君のこと好きなんや。
初めての感覚だった。テレビの画面越しにかっこいい俳優やアイドルなんかを見た時に単純にかっこいいと感じていた感覚とは全然違うものだ。
また会いたいな、また話がしたいなという考えが途切れることなく湧いて出て、トクン、トクンという鼓動が身体を放射状に巡り、心臓の大きさがいつもの何倍にもなってしまったかのような感覚に襲われる。
その気持ちに気付くとさっきまで話した内容が頭の中で
うん、大丈夫。嫌われるような話はしてへん。
頷きながら、自分に言い聞かせる様子は他の人から見たら変に見えたかもしれないけど、それは気にしないことにする。
●
陽君がこっちにいるのはあと五日ほどらしい。自分も塾の日とかがあるので一緒に遊べる日は限られる。なんとかもう一度彼に会えるように連絡しなくては。
すでに自分の学習机の上に置いた家の電話の子機を十数分見つめている。
陽君と話す内容は難しくない。こちらの予定を伝えて、陽君の予定とも照らし合わせて都合のいい日を決めて、どこに行くか、どこで待ち合わせをするかを決めればいいだけのはず。ノートの端にこれらのことを書いているので漏れることもないだろう。
でも、電話の数字を押すことがなかなかできない。
基本的に掛けた相手が出る携帯電話に掛けるだけでこれだけ大変なのに、それがなかった時代はどうしていたのだろうか? もし、相手の両親とかが出たらどうしよう。考えただけで気持ち悪くなりそうなほど緊張する。
時計を見ればもうすぐ二十時になる。あまり遅いと非常識な人だと思われてしまうかもしれない。
こうなったらやるしかあらへん。
意を決して、紙ナプキンに書かれた番号のボタンを押す。最後の数字を押す時には少し指が震えて、指先は冷たくなっていた。
コール音が長く感じられて、口の中が乾くのがわかった。
『はい、もしもし』
よかった。陽君だ。携帯電話に掛けたのだから本人が出るのは普通だけれども、それでも万一のことを考えていたので一気に安堵感が広がった。
「あっ、えっと、えっと……」
話すべきことはメモがあるのに言葉が続かない。頭ではわかっているのに言葉が喉の奥の方につっかえる感じがしてそこから出てきてくれない。
『もしもし? 夜見さん? だよね……』
「は、はい、夜見美月です」
『どうしたの? 大丈夫? 声の感じがさっきと違うけど』
緊張が過ぎてしまい。うわずった声が出てしまい、名前もフルネームを名乗るなんて変なことをしてしまった。
「大丈夫です。家族以外と電話することがあまりあらへんさかい緊張してるだけ」
『そうなんだ。俺も家族以外はほとんど電話しないから緊張してたところだからよかった』
緊張しているという割にはうちよりもずっと落ち着いて話しているように聞こえる。緊張の度合いの違いだろうか? それともうちが必要以上に意識してしまっているからだろうか?
「あの、帰るときに話していた今度遊ぶ予定なんやけど――」
その後はノートに書いたメモを見ながら必要なことを話すことが出来た。
電話の結果、次に会えるのは三日後で待ち合わせ場所は今日出会った柳小路からほど近い四条大橋に決まった。
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次回更新は12月31日午前6時の予定です。
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