第193話 絵本とノーナ






 金色の瞳がまじまじと本の絵を見ている。

「あうー? ゆうしゃさんたち、かえっちゃった?」

 俺のあぐらの上にちょこんと座るノーナが、アホ毛を揺らしながら俺の顔を覗き込む。


「ぷぽ?」

 ポポは俺の腕にしがみつきながら疑問顔だ。


「あー、うん。そうみたいだな……」

 俺は絵本をめくりながら確認した。


 森の拠点の居間で俺がノーナに読み聞かせているこの絵本――『勇者たちの夢幻の冒険』は、スティンガーの町に行ったときに見つけたものだ。

 ノーナの教育に良いかと思い、モンタナ商会の雑貨屋で購入したのだった。

 絵なんかは妙に宗教画っぽいが、この世界では日本のように子供向けの絵というのは存在しないようだ。


「コーヘも、いつかナイナイする?」

 振り返ったノーナが眉を下げて寂しそうに聞いてくる。


「俺か? 俺はどこにも行ったりはしないよ。冒険に出かけることはあっても、ちゃんとこの森に帰ってくるさ」

 俺はノーナの緑色に艶めく頭をなでながら答えた。


「あい!」

 アホ毛を揺らしながらノーナが元気よく返事をする。


 そりゃあ、この異世界に来た当初は戸惑うことも多かったが、今では仲間たちも増えて随分とにぎやかになった。

 今更、元の世界に帰ったとして俺に何が残るだろうか……。


 お地蔵様に貰ったこの『大地の力』も、地球じゃ何の役に立つか分からないしな。

 それに俺をこの世界に飛ばした張本人のロキ神も、元の世界に戻れるようなことは一切言っていなかった。


――今は元の世界に未練は無いかな。

 俺はパタンと絵本を閉じると、ノーナと向き合った。


「ノーナ、勇者のお話は面白かったか?」

「あい! コーヘ、またご本よんでくれる?」

 ピョコンと手を上げたノーナが、首をかしげながら俺に聞いてくる。


 うんうん、どうやらこの勇者のおとぎ話はノーナに好評のようだ。

――しかし、勇者が全員帰ったとなるとこの話は誰が書いたものなんだろう?

 他にも絵本のラインナップがあれば良かったんだが、絵本の類はこの一冊しか見つけられなかった。

 他は何かの実用書とか字だけの本しか置いてなかったのだ。


 店員が言うところによると、この世界では本は魔法で印刷? されているようだ。

 国が許可を出した物しか出版は認められていないとのことで、この勇者の絵本も国が管理しているらしい。

 国が支援しているからなのか値段もお求めやすくなっていたしな。まずは入門用にこの絵本を買え、ということなんだろう。


「よしよし、ノーナが一人で読めるようになるまで読んでやろう」

「あい!」

「ぷぽっぽ♪」


 ノーナがニパーとお日様のような笑みを見せながら返事をする。

 俺の腕にしがみつくポポもつられて上機嫌だ。


「のーな、おさんぽ行ってきます!」

 ノーナがビシッと手をあげると、てててっと外に駆けていく。


「おー、あまり遅い時間にならないようになー」

 俺はノーナを見送ると、どっこいしょと立ち上がり自分の部屋へと戻った。


 部屋に戻り、窓の外を見る。

 空は相変わらず厚い雲に覆われていて薄暗い。なんだか陰鬱な気分になりそうだ。

 広場の方に目を移すと、ノーナがルンと合流して一緒に散歩に出かけるようだった。


 王都では勇者が召喚されたと聞くし、早いところこの空模様をなんとかしてほしいものだ。話によると、魔物も強化されちゃうらしいからな。

 俺はため息を付きたくなる気持ちを抑えながら、腕にしがみつくポポのもふもふの毛皮をひと撫でするのだった。


  ◆ ◆ ◆


 うすぐらい森の中をスライムさんのルンと一緒にすすみます。

 ルンはポヨンポヨンとはねたり、コロコロところがったりしながら、のーなについてきます。


 きょうはコーヘがのーなにご本を読んでくれました。

 ゆうしゃさんが悪いまおうをたおすお話です。


 さいきんのお空とおなじように、むかしも雲におおわれたことがあったようです。

 悪いまおうが世界をやみで支配しようとたくらんでいるのです。


 こないだのお日様がナイナイしたときに、悪いまおうがふっかつしてお空を雲でおおってしまったのです。

 これにはのーなもプンプンです。悪いことをしたらメッなのですよ。


 シルヴィちゃんの住んでいるおうとで、ゆうしゃさんがお呼ばれしたって聞きました。

 きっとご本とおなじように、ゆうしゃさんが解決してくれるとおもいます。


 シルヴィちゃんはすごいんですよ? のーなよりまだ小さいのに、れんきんじゅつをたくさんお勉強してゴーレムさんをつくったのです!


 ……のーなしってます。

 コーヘもべつの世界からやってきたって。


 コーヘが元の世界のことをおもいだしたとき、なつかしそうな顔をしていました。

 そんなとき、のーなは心配になります。

 ゆうしゃさんは問題をかいけつしたらナイナイしちゃうけど、コーヘはナイナイしないよね?


「コーヘ、ナイナイしないっていった」

 のーなは側にいるルンにいいました。

 ルンはからだをのびちぢみさせながら、のーなの顔をのぞきこみます。

 あわい金色のからだのルンはポヨポヨしていて、さわるととても気持ちいいのです!


「ゆうしゃさんはナイナイしちゃうけど、コーヘはしない」

 のーなはルンをツンツンしながら、じぶんに語りかけるようにいいます。

 ルンはうなずくようにプヨプヨとはずみました。


「あい! ずっとみんなといっしょ!」

 のーなはルンにだきつきます。水のかたまりのようなかんしょくが返ってきました。


 すこし気分がおちついてきたので、ルンとおさんぽを再開します。

 お空はずっとくもっているので、気分がおちこみがちになります。


「あうー」

 せっかくおさんぽのじかんなのに……。


 のーなとルンはうすぐらい森の道のりをあるくのでした。

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