第38話 どこまで行っても人は一人だよ!
黒き虚ろより現れし巨大鮫が黒き月の進行を妨げる。
「なんだあのバカでかい鮫は! メガドロンってレベルを超えているぞ!」
「あれはイナバク! 前にちぃと世話になった喋る鮫だ!」
目を輝かせて興奮するリコにイクトは早口で説明する。
最中、イクトは安堵が芽生えた理由に合点が行く。
現れると本能が直感していたからだ。
『使命を放棄したのが今になって出てくるか!』
『放棄? はぁん、自分たちがあたしたちを切り捨てておいてない口がいうか!』
イナバクを排除せんと黒き月から無数の隕石が放たれる。
だが、尾びれの一振りで隕石は一つも残さず砕け散った。
『あんたたちには感謝しているさ。なんたって切り離してくれたお陰で悠々自適な鮫ライフを送れているんだからね!』
イナバクは鋭利な歯を剥き出しにして嗤う。嗤い続ける。
目の姿であろうと本質を見ぬまま使命に執着するマスターコアを嘲笑う。
『この子たちがあれこれやってるから干渉しない気でいたけど、月ぶつけて惑星を消すだ~? あたしたちの
黒き月が動くが質量差を物ともせず一匹の鮫が押し返す。
『これはあたしたちが抑えておくから、今のうちにちゃっちゃとマスターコアを倒しちまいな! じゃなきゃおちおち泳いでいられないったらありゃしない!』
イクトはモニター越しに頷き返す。
目を燦燦と輝かせるリコの頬を抓っては我に返らせる。
「まだ終わってないぞ!」
「ああ、もう! モルくん、これが終わったらしっかり説明してもらうからな!」
「後で<ラン>から鮫のデータ貰え!」
『なんでここでボクに押し付けるかな~?』
戦闘中だろうと車内は緊張感がない。
いやイナバクの助っ人で緩んだと言って良いだろう。
お陰で思考に余裕が生まれ、イクトは向けるべき点が見えた。
『何故だ! 何故、我々の使命を妨げる! 我々はただ争いをなくそうとしているだけだ! 一つとなれば誰も悲しまない! 誰も失われない! 誰も憎み合うことも、奪い合うこともない!』
マスターコアは悲痛に叫ぶ。
平和をもたらすために行動していながら否定される。
イクトは敵を見据えながら呑まれることなく言い返した。
「だからお前は愛さえ知らぬ哀れなモンスターなんだよ!」
<アームドグラニ>の車体カラーは黄から白へ。
主砲と入れ替わるようにして、中央に一本、左右側面に二本の鋭利なブレードが現れた。
分子振動を起こすブレードを持つ近接戦闘形態であった。
「どこまで行っても人は一人だよ!」
無風の黒き大地に白き嵐が吹き荒れる。
<アームドグラニ>は<カオスグラニ>をブレードで切り刻む。右側面装甲を、左第二車輪より生える脚を斬り飛ばす。無論、<カオスグラニ>とて創傷刻まれるのを甘んじるはずがない。アームより生成したブレードで受け止めるも、ものの数秒で寸断される。
「お前たちの行動原理は否定しない! ああ、するべきではない! 誰だって平和を求めるし、奪われることのない平穏な生活を送りたいさ!」
今日の予定があった。明日の予定があった。
いや予定のない、予測してない出来事に胸が沸き踊ることすらあった。
それをたった一つの理由で呆気なく奪われ壊された。
『ならばこそ我々と一つとなれ! 何故、拒む! 何故、抗う! 全てが一つとなれば争いなど起こらぬのだぞ!』
「だからお前はバカなんだ! 理不尽に抗い、怒るのが人間なんだよ! 学習せんならわからせるだけだ!」
<アームドグラニ>は車体カラーを白から赤へ。
基本形態へと舞い戻る。<カオスグラニ>は全身を切り刻まれ、ダメージ超過により、再生すらままならず動けない。
黒き月が援護に回ろうとイナバクに抑え込まれている。
「お前なんていなくても人間は進んでいけるんだよ!」
イクトはプログラム弾カートリッジをイグニションライフルⅡに装填。
主砲<バルムンクⅡ>の粒子チェンバーにエネルギー充填開始。
ファイナルターゲット<カオスグラニ>!
後は活動停止の意志を宿した指で引き金を引き絞るだけ。
だが今なお<バルムンクⅡ>は砲口に光を宿したまま。
違うとの感情パルスがイクトに最後の引金を引かせない。
今一度自問する。
<アマルマナス>は悪か? 滅ぼすべき悪か?
全員が全員、悪と答えるだろう。
惑星を身勝手な理由で侵攻し、多くの人々の明日を奪った。
悪だ。滅ぼすべき悪だ。存在すら許されぬ悪だ。
――違う。最初から悪なんていない。
都合が悪ければ悪と断じて切り捨ててきたのは誰だ?
人間の都合に振り回され否定される。
かつての自分のように――
「リコ、<ラン>、俺は今からこいつを救う!」
イクトのありえぬ発言にリコと<ラン>は思わず顔を見合わせた。
「おいおい、モルくん何の冗談だ! こいつらは敵だぞ! 放置しておけばあらゆる世界が滅びるのだぞ!」
『そうだよ、イクト! 敵は倒せる時に倒さないと倒されるのは自分だけじゃないんだよ! 家族とか周囲がいなくなるんだよ!』
『ちょ、小僧、あんた何考えてんだい!』
「だからなんだ! 倒すだけなら、やっていることはただ敵を排除する人類と変わらない! <アマルマナス>も学習しない! 俺たち人類が同じことを繰り返すから、<アマルマナス>もそれをなぞって同じことしか繰り返せないんだ!」
イクトの覇気に圧され、リコ、<ラン>、イナバクは押し黙る。
『わけの、わからぬことを!』
「わからなくていいさ、ただわからせるんだからな!」
呻く<カオスグラニ>に向けてイクトは力強く引き金を引き絞り、その想いを乗せて叫ぶ。
「人はどこに行っても
想いを宿した引き金は引き絞られた。
迸る粒子ビームは七色の輝きを纏い、<カオスグラニ>を包み込む。
宇宙の闇すらかき消す目映き輝きは太陽にすら負けない。
『消える、というのか、我々が、我々がああああああああああああああああっ! ……………………ん?』
融和のために生み出されし存在が、戦いに否定され停止する。
無念のパルスが走った瞬間、マスターコアは奥底より芽生える熱量に困惑した。真っ正面から消失レベルの粒子ビーム直撃を受けていながら器が消失していないことが困惑に拍車をかける。
『なんだこれは! なんだこのパルスは! なんだこの熱さは!』
一つ目よりぽろぽろと涙がこぼれ落ち、凍結しては砕けて消える。
『我々は、間違っていたということか。ただ一つにするだけが正解ではなかったのか。ただ隣に寄り添えばよかったのか』
<アマルマナス>はただ知らなかっただけだ。
戦争しかない星で生み出され、ただ融和とは何か、形だけ受け止めてはシステム通りに動いていた。
ある意味、彼らは悲しき犠牲者だ。
だからと言って許される存在でもないが、悪として消し去る存在でもない。
『我々はこれからどうすればいいのだ……?』
「知るか。自分で考えろ。人間はみんなそうしている」
存在意義を否定されたマスターコアにイクトは冷たく投げ捨てる。
ふとセンサーが大型熱量の接近を感知する。
データあり。お喋り鮫ことイナバクだ。
『しゃっしゃ、いや、てっきりぶっ潰すと思えば、分からせて救っちゃうなんてあんたたちやるね』
「俺一人の力じゃ無理だったよ。この車を作って送ってくれたおじさん、サポートをしてくれたリコや<ラン>、いやこの旅で出会った多くの人たちの支えがあってこそ成し得たことだ」
イクトはそのままリコの頭を撫でる。少しつむじ当たりが痛んでいるようだ。
研究ばっかりで手入れを疎かにしていたなと笑みを零す。
実際はイクトの後頭部鷲掴みが原因であるが当人は忘れていた。
『我々は、そうだ。我々の使命は変わらない』
マスターコアの発言に<ラン>が火器で反応を示すも、イクトは速攻で阻止した。
『我々はただ詰めすぎていたのだ。そうだ。詰めず、離れずの距離を測りながら個を保ちつつ、融和の術を探りながら進めば良かったのだ』
隣り合うだけでも事態は変わる。
誰かが隣にいてくれるだけでも人は変われる。変わることができる。
<アマルマナス>は知った。理解した。
ならば、融合による融和など早急的な解決策はもう起こさないだろう。
「それで、お前たちはこれからどうする気だ?」
イクトが再度問おうと先の消沈が嘘のようにマスターコアの音声は活性に富んでいる。
『我々はこの宇宙を離れる。離れ、お前たちが教えてくれた慈愛を他の宇宙に住まう人々に伝えたい。それが新たな我々の使命だ』
「いやそこまで深い意味ないんだがな」
生憎、愛やら恋に関して青臭い一〇代なのでそれほど深い意味はなかったりする。
そも生まれてから恋人など一人もできた試しがない。
「え~でも、ボクはモルくんなら」
「お前はお前で、似合いもしないことすんじゃねえよ」
実験バカのリコが恋愛などお笑い草だ。
仮に相手がいるとしても結婚後は生活力の無さに絶望するオチが見えていた。
『さらばだ。真なる勇者よ。縁があればまた会おう。我々は協力を惜しまない』
マスターコアは粒子状の光となって消え<グラニ改>の残骸が黒き月面に残される。
黒き月より顔が消え、無数の燐光が昇っていく。
いや黒き月だけではない。
惑星ノイの各所より昇る燐光が光の柱を生み、マスターコアの光と一つになる。
そして流星となり、輝く尾を引いては遠ざかっていた。
『終わった、ね』
長い長い戦いが終わりを迎え、<ラン>が感慨深く音声を発していた。
「よし、帰るか!」
「うむ、帰ろう。帰ろう! あれこれ配信したい実験があるしな」
『メビウス監獄からみんなを助けるのを忘れているよ』
<ラン>に指摘されて押し黙るイクトとリコ。
忘れていたわけではない。単に気が抜けたことでうっかり失念していたからだ。それを忘れたというが。
「まあ帰る手段はどうにかなるだろう」
『あ、誤魔化した!』
惑星ノイから地球への逆転移も亜空間技術を使えば問題ないはずだ。
ふとメインスクリーンに映るイナバクがにんまり笑っている。
『ならさ、ちぃと頼みあんだけど、いいかい?』
その提案は呆気にとられるものであった。
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