第36話 ぐ、グラニ、なのか?
「ぐああああっ!」
爆発を真っ正面から受けたイクトはそのまま床上に叩きつけられる。
ソリッドスーツのお陰で微々たるものだろうと、突然の横やりにバイザーの裏で困惑を隠しきれない。
「おいおいおい、モルくん、大丈夫か!」
白衣姿のリコが慌てて駆け寄ってきた。解凍された後の割に身体は動くようで、心配そうな目で倒れたイクトをのぞき込む。
「くうう、<ラン>! 何があった! 何だ、今のは!」
『あのバカウサギがここでミサイルぶっ放しやがった!』
とことん邪魔してくれる。腹立つ前に悲しさしか出てこない。
如何なる手段で黒き月の隕石を突破し亜空間内の施設までたどり着いたかは不明だが、執念の結果だと自己完結させる。
「い、いかん、モルくん! マスターコアが!」
爆炎が晴れる。
損壊した檻の奥より解放されたマスターコアが現れた。
風船のように浮きながら、王のような存在を誇示する威圧はイクトの指先を震えさせる。
ギロリと背筋凍てつかせる睨みに、イクトは銃口を向ける対するが、歯牙にもかけることなく扉の外へと飛び出していた。
「あいつ、このまま外に出る気か!」
「や、ヤバいぞ、モルくん! ここまで来たなら黒い月の状態を知っているはずだ! 黒い月の行動はあくまでマスターコアに近づく敵の排除。だが今、マスターコアが黒き月と接触すれば惑星ノイに向けて移動を開始するぞ!」
「おい、それかなりヤバいだろう!」
太古の地球では恐竜滅亡の説に隕石落下がある。
小さな石ころ一つで恐竜の時代を終わらせたのならば、月一つが惑星に落ちようならば惑星そのものが消失する。
下手をすると衝突にて生じたエネルギーが各天体に波及する危険性すらあった。
「そう、かーなーりーヤ・バ・い! 交信を解析すれば惑星ノイと黒き月を激突させて争いのない世界を創造するとかできるかわからぬことをやろうとしているそうだ!」
「頭おかしいだろう!」
会話を交えながらイクトはリコを軽々と抱えては背面のスラスターで駆けだしていた。
少し痩せたかと言い掛けたが今はそれどこではない。
「万が一、惑星ノイと黒き月が激突すれば、その影響は亜空間のメタクレイドルも波及する! 亜空間は現実の存在を柱としているから存続できる! だが現実が滅びれば連動して亜空間も滅びてしまう!」
最悪だと口走る瞬間すら惜しい。
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ突き進んだ先、イクトは赤青パッチワーク車両が黒き目玉に貪り食われる瞬間を目撃する。
『や、やめ、うわあああああああああああっ!』
バリバリボリバリとまるで煎餅を砕くかのように、マスターコアは瞼を牙と見立てては<レッドラビット>を先端から咀嚼していく。
急ごしらえで修理した影響か、電磁皮膜装甲が機能していないと見た。
『ざけんな、こんなところでゲームオーバーなんあああっ!』
執拗に追い続けた末路か、踏み込みすぎたからか今ではもうどちらでもよかった。
「し、浸食、ではなく、直に補食しやがった」
「奴め、長らく檻にいたから餓えに飢えていたか」
リコを抱き抱えたイクトは愕然と見入ってしまう。
見入る暇などないと己を𠮟りつけたイクトはすぐさま<ラン>に通信を送る。
「<ラン>、車を寄越せ!」
『オーライ! MA03がエサになったお陰で食われずに済んだのは不幸中の幸いだよ!』
<グラニ改>は車輪唸らせ、イクトの元に向かう。
一欠片も残すことなく<レッドラビット>を補食し終えたマスターコアが次なる獲物に目を向ける。
瞼を大きく開いては、<グラニ改>の後部に食らいついた。
電磁皮膜装甲が接触のスパークを走らせる。前進を阻害されたタイヤがうなり声を上げる。
「こいつ、食い足りないからって今度は!」
イクトは引き離さんとイグニションライフルⅡの銃口を向ける。プログラム弾は装填済み。マスターコアは<グラニ改>に食いついたまま固定されている。引き金引けば当てられる。
その時だ。浸食を弾いていた電磁皮膜装甲の輝きがジリジリと弱まっていく。数秒も経つことなく表面装甲にまで達成しては吸い込まれるように浸食を開始していた。
『うっ、わわわ! 嘘でしょう! 電磁皮膜装甲を突破してくるなんて! こら入ってくるな! 出て行け!』
金属質の装甲が生物のように脈打ち出す。<ラン>が足掻こうと両サイドの機関砲より粒子ビームを放つが水泡のように弾かれ意味がない。浸食が<グラニ改>の操縦席に至る寸前、搭乗ハッチより赤き球体が飛び出してきた。
『うっわあああああん、最悪だ! どれもこれもウサギ野郎のせいだ!』
恨み節を叫ぶ<ラン>は間一髪、浸食を免れていた。
そのまま金属床を跳ねてはイクトに飛び込み、リコに受け止められる。
「MA二台は奴にネジ一本残さず喰われた。なのに<グラニ>は形を留めているということは……」
リコは唇を震えさせながら言う。
マスターコアが<グラニ改>を補食するのではなく浸食した理由。
今までの実戦データを踏まえれば一つしかない。
最初期の<アマルマナス>が化石を器としたように、マスターコアもまた今ここでMAを器とした。
変わり果てた<グラニ改>がイクトたちに与えるのは、ただ一つの絶望だった。
「最悪、だな」
最高の相棒が最悪の絶望に転化する。
既にイクトの知る<グラニ改>ではなくなっていた。
真紅の装甲はドス黒く染まる。生物のように脈打ち、無数の血管が全体に走る。操縦席の部位が花弁開くように割れれば巨大な一つ目が現れる。砲身は先端より横に裂け、無数の牙を見せつける。サブアームが生々しい腕になり、六つの車輪は六つの獣の脚となった。
そして砲口に光が集う。マスターコアの目が笑う。ターゲットは当然、イクトたちだ。
『は、はわわわ、あんなの受けきれないよ!』
「モルくん、これは!」
「んなくそっ!」
イクトの行動は早かった。一人ソリッドスーツの力を借りて回避できる。だが、リコや<ラン>を抱えては間に合わない。踏み出すように前に出たイクトは二つのプラズマ光波シールドを展開させるなり立て続けに投擲する。同時、マスターコアより粒子ビームが放たれた。粒子ビームはプラズマ光波シールド二枚を立て続けに貫通する。だが、プラズマ光波シールドは抵抗となり粒子ビームを減衰させる。目映い閃光の中、イクトはプログラミング弾のカートリッジから通常カートリッジに交換すればイグニションライフルⅡより粒子ビームを最大出力で解き放った。激突する粒子ビームの奔流。減衰に減衰を重ねたことで敵粒子ビームは相殺する形で消える。閃光が収まった瞬間、マスターコアより伸びた手がイクトを正面から鷲掴みにした。
「モルくん!」
「ぐうううっ! こ、こいつ、直に潰す気か!」
ヘルメットが不吉な軋み音を上げる。振り払おうと、凄まじい力に振り切れない。ソードモードで腕を振り上げるも、高き金属音を上げて弾かれた。ロックを解除して脱ぎ捨てようと可動部を抑えられて脱ぐことすらままならない。
『邪魔をするな、邪魔を!』
声がした。変貌した<グラニ改>より知らぬ声がした。
気づかぬ愚鈍な者などいない。マスターコアが発した声だと誰もが気づいた。
『我々はただ争いのない世界を作ろうとしているのみ。何故邪魔をする。何故、兵器を作り、争いを広げる』
「てめえらが勝手に押し寄せてくるからだろう!」
『否、断じて否。種は兵器を作れば使わずにはいられない。現に味わったはずだ。本来、我々を排除すべきはずの兵器で同種同士争ったことを。これこそ融和を拒み、争い続ける証明ではないか』
イクトの背後に経つリコが息を詰まらせる。
設計者として心を軋ませる言葉はない。
だから、イクトは否定する。他者の存在を否定するマスターコアを否定する。
「俺はリコのお陰でここにいる! リコのお陰で俺はここまで来られた! 誰かの存在を否定するしかできないお前には絶対にわからないはずだ!」
「モルくん」
『否否、それこそ争いを生み出す原因。心たる感情が新たな争いの火種となるのを我々はどの惑星でも見てきた』
「そうかもしれない。だが違うかもしれない。ああ、そうか、そういうことか、今わかったぜ」
軋むヘルメットのバイザー部に亀裂が走り、右半分が割れる。奥底より切れ長の瞳が覗き見える。窮地でいながらイクトの目から光が消えることはない。
「イナバクがお前たちを愛さえ知らない哀れなモンスターだと言っていたのがよ~くわかったぜ!」
「イナバクとは何だ、モルくん!」
『理解不能。理解、不能』
ヘルメット全体に亀裂が伝播した時、前触れもなく頭上の空間が歪み、黒き虚ろが現れた。
イクトとマスターコアの間を割り込むように黒き虚ろの奥より一台の車両が出現する。
金属床に接地した衝撃でイクトは魔手から解放され、そのまま背面より倒れこんだ。
「なんだ一体?」
衝撃でヘルメットは砕け散り、イクトは素顔を晒す中、突如として出現した車両に言葉を失った。リコや<ラン>すら同じだ。
「ぐ、グラニ、なのか?」
虚空より現れたのは<グラニ>に近似した赤き車両だった。
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