第22話 未那識というのをご存じですかな?
本堂はイクトのよく知る古き寺院と変わらぬ内装であった。
仏像らしき象が祀られ、簡素ながら内装も施されている。
イクトは実家が代々仏教徒なだけであって、個人的に信仰しているわけではなかったので信仰についてよく分からない。
確実に言えるのは一つ。
「た、タロ――マ――んぐっ!」
言いかけておいて言葉を呑み込んだ。
金色の太陽の顔持つ像が祀られている。
地球、日本では仏像に該当するようだが、何の神仏か、まあ恐らく顔の形からして太陽だろうと自己完結させた。させるべきだ。
「どうぞ、こちらにお座りください」
ホウソウに促された先にあるのは二枚の座布団。
イクトは用意された座布団に胡坐をかけば、もう一枚の座布団に<ラン>を置く。
正座は正直言って苦手である。
加えて互いが知る情報を伝えあうには時間が必要であった。
「粗茶ですが、どうぞ」
後ろ髪を後頭部でまとめたツナギ姿の女性がイクトに湯呑を差し出した。
ほのかに香る緑色の液体。
まさかとイクトは湯呑を手に取れば一口、すする。
「……美味い」
口に広がるこの渋み、落ち着く香りは紛れもなく緑茶だ。
一方で、女性は<ラン>の対応に困った顔をする。
「らんさんはどうしましょうか?」
『あ、ボクはAIなんでお構いなく』
「電池とか用意した方がいいですかね?」
『それもお構いなく。ボクにはチョースゴくチョー小さなコンデンサーがあるので』
「お前、充電式だったのかよ」
茶すするイクトは茶化すことなく今更であるが感心していた。
ソフトボールサイズでいながら、集約された性能を持つバディポット。
後は性格、いや戦闘と非戦闘の判断さえできれば……と思ったが無理な話だと早々と諦めた。
「トミカさん、ありがとうございます」
「いえいえ、それでは私は仕事に戻りますね」
短いやりとりだろうと二人から仲睦まじさが感じられる。
トミカ、それが女性の名前のようだ。
『お二人は随分仲がいいけど、ご夫婦なんですか?』
「おい、ラン、失礼だろう」
茶化してきた<ラン>をイクトはたしなめる。
「いえいえ、まだ、夫婦ではありませんね。では失礼しますね。うふふ」
照れ笑いをしながらもトミカは否定しなかった。
「おほん、色々ありまして……」
ホウソウのやや苦い口調にイクトは察知する。
トミカが歩き去ったのを契機に、改めて今までの経緯を打ち明けるのであった。
「なるほど、あまるまなすというのがふぉぐの真名であるとな」
対面して座するホウソウは疑いもせず、イクトの話を聞いてくれた。
ここまでの経緯を<ラン>が電子アイから投影する記録映像を交えて説明したのも背中を押したようだ。
「遠い星で誕生した争いから秩序をもたらす装置に、対抗するために生み出されたメテオアタッカーなる七つの車両。その動力源がALドライブ、ふむ」
説明を聞き終えたホウソウはただ瞼を閉じる。
そのまま一つの問いをイクトと<ラン>に聞いてきた。
「双方、未那識というのをご存じですかな?」
「式? 何かの数式か?」
『該当データベースになし』
よってゆっくりとホウソウは語り出した。
「まず識からのご説明を。識とは意識、生命力、心、洞察力の意味があります。言わば認識対象を区別し近くする精神の作用というわけです。その未那識は眼の視覚、耳の聴覚、鼻の嗅覚、舌の味覚、肉体たる身体、心たる意という六つの識の背後で働く自我意識のことです」
「ぶ、宗教用語か?」
「教えの一つにあると言えばいいでしょうか。マナスという言葉は第七識である未那識の音写となります。偶然の一致かどうか分かりませぬが、その、あまるまなすが秩序をもたらすことに執着しているのならば、これほど符合する名前はありませぬ」
腑に落ちた。確かに本来の<アマルマナス>は人と人との意識を繋げ、共有領域を生み出すシステムだ。
五感や心身に作用するならば、これほど当てはまるものはない。
既に消失した惑星が如何なる文明を持っていたか不明だが、似たような思想や宗教があったのは安易に予測できた。
「ならば、活動を停止したあまるまなすを利用したALドライブも、未那識の最下層に位置する個人存在の根本にある阿頼耶識から来ていると思われます。言わば心という領域の奥底にある泉と例えればよろしいでしょうか」
地頭はあまりよくないイクトだが、大まかには理解できた。
一方で機械である<ラン>は情報処理が追いつかず、少々オーバーヒートを起こしている。
どうやら機械に教義の話は処理に重いようだ。
「ならアマルはなにからきたんだ?」
聞こうとホウソウは、さてと困ったように首を傾げるだけだ。
『アマルはたぶんアマルガムから来てるとボクは予測するよ』
「根拠は?」
オーバーヒートから復活した<ラン>が電子アイを輝かせた。
『アマルガム』
「あ~確か水銀化合物のことか」
科学で習ったのをイクトは思い出す。
水銀はあらゆる金属の触媒となり、幾多の水銀化合物がある。
アマルガムとは水銀と他の金属の総称であった。
『確かに合金の種類は多いけど、唯一水銀と混ざらない金属があるんだ』
「Fe、鉄だろう?」
初歩的な科学知識で事足りた。イクトに答えられた<ラン>はどこか悔しそうに電子アイを明滅させたのは気のせいだろうか。
『全ての人の意識を共有し繋ぐ触媒となるならアマルガムとミナシキから命名されたとボクは推察するよ』
「今じゃなんでもかんでも繋いでしまう迷惑な存在になっちまったがな」
ふと海で出会った鮫、イナバクの言葉が脳裏を過ぎる。
<アマルマナス>でありながら使命を実行することなく悠々自適に大海原を泳ぐ鮫。
あの鮫は今の<アマルマナス>を愛さえ知らぬ哀れなモンスターだと笑っていた。
連動して昔話にウサギが鮫の背に乗って陸地に渡る話を思い出す。
「鮫に乗せられている気がするのは自信過剰か?」
イクトは自虐気味にただ呟いては肩をすくめる。
双方からの視線を感じては、身を正して話の路線を戻すのであった。
「本来なら俺を信じて送り出してくれた人たちを解放したいんだが、この映像の通り、邪魔されては紆余曲折あって、ここに来たってわけ」
『どこで手に入れたか知らないけど、メテオアタッカーで<アマルマナス>と戦わず私利私欲に使うなんて言語道断だよ』
一言多いとイクトは隣に座る<ラン>の頭頂部を叩いた。
ホウソウとてメテオアタッカーの一台を所有しているのだが、住人たちの様子を見る限り私利私欲ではなく誰かのために使用しているのが説明を受けなくても分かる。
「この映像に映る車両ですが、もしかしなくとも<フリーダム・ボーン>のようですね」
ホウソウの口から出た言葉にイクトと<ラン>は各々目を鋭くした。
『知ってるの?』
「ええ、以前、二回ほど、一台の車両がこちらに押しかけ、ギョクリューを渡せと要求してきました故」
「それで合点が行ったぞ。ここの人たちがよそ者に対して警戒していた理由がこれか」
ホウソウの申し訳なさそうな顔にイクトは頭を振るう。
気遣いに申し訳なさそうな顔をしているが、落ち度はない。
「どうにか皆さまと協力して追い返しました。三度目の襲撃に備えて、外壁だけでは足りず、自衛するための設備を整えたのです」
つまるところ、迷彩や砲台は<アマルマナス>ではなく、あろうことかMA対策ときた。
「顔は見ていないが、あいつの声は身勝手さで満ちていた。ここの人たちが警戒するのは当然のこと。強いて言うならあのウサギ野郎が悪い」
イクトの目尻は無意識の内に鋭くなる。
何が目的でMAを集めているのか。
メテオアタッカーチームを編成し<アマルマナス>と戦う、なら話が分かるも車両のみを要求してきた点がイクトには解せなかった。
「そも、そのフリーダム・ボーンってのは何なんだ?」
艤装した民間貨物船を戦力とする集団なのは身を染みて知っている。
ホウソウに尋ねようと困ったように首をかしげるだけだ。
「正直言いますと、拙僧にも分かりかねまする。確かなのは宇宙快賊と名乗り、誰にも何にも縛られぬと聞きもせずのに、おっしゃっておりました」
「あ~迷惑顧みない集団なのはよ~く分かった」
不快な相手に深いため息しかイクトは出てこない。
年末年始と夏場に現れる暴走族と同レベルである。
己の自由は他者の不自由。
暴れるのは自由だろうと、被害与える自由は自由ではない。
単なる犯罪だ。
「そういや和尚さん。街に人っ子一人いないのは、皆、ここに避難しているからなのか?」
避難しているなら聞こえはよかろうと、ホウソウの顔はどこか暗く、重い。
「大人たちは避難の最中、<アマルマナス>に襲われ喰われた。それなら子供が多い比率も理解できるが、あんたの表情からしてどうもそうじゃない。街には戦闘の痕跡なんてなかった。なら考えられるのは一つだけだ」
胸のざわめきは否定すべきだとイクトは願おうとホウソウの口より語られるのは事実だった。
「イクト殿の予想通り、ここに住まう人たちは皆、家族から捨てられた者たちなのです」
ホウソウの表情は毒杯を飲み干したような苦々しい顔つきだ。
「経緯をどこから話せば……いえ一ヶ月前から話せばよろしいかと」
語り出すのは一ヶ月前、世界規模で起こった<アマルマナス>の大規模侵攻である。
連合軍は<アマルマナス>に対抗していたようだが、侵攻を抑える程度にしか戦果を挙げられずにいたそうだ。
『ボクのデータベースにもメビウス監獄に入る後のデータはないからね。あの後、惑星ノイがどうなったか気になっていたんだけど』
「当時、あまるまなすの侵攻にて対抗していた連合軍ですが、劣勢を強いられていたようです。インターネットにて劣勢をひっくり返す兵器が開発中だとの情報は流れておりましたがどれも噂の域を出ないものでした」
迎撃はできようと殲滅はできない。
交戦すれば取り込まれ敵となる脅威。
ねずみ算式に増えていく敵に対して、絶滅は免れぬと判断した結果、一つの計画が実行される。
全ては人類を存続させるために。
「人類全てをこことは違う空間、亜空間に退避させるメタクレイドル計画です」
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