第17話 海に落ちれば、どっちもおいしいエサなのにさ~
『この惑星の人間たちはね、信仰する神が異なろうと争わず、異なる文化を持とうとぶつかりあわず、肌の色が違おうといがみ合うことはなかった。ところがだよ。ただ一つ、瞳の色が赤と青、この二色しかないもんだからただ瞳の色が違うって理由だけで争いだしたときた』
地球、日本でいう戦国時代など目も眩むような一〇〇〇年を越える世界規模の戦いだった。
目が血走る赤の劣等種。
瞳が青だから顔も青ざめた愚劣種。
肌の色でもなければ、言語でも宗教的相違出もない。
ただ瞳の色が違う理由だけで争い、憎み合い殺し合う。
『瞳の色が違うだけで殺し合うなんてこの惑星の人間たちってバカだよね。海に落ちれば、どっちもおいしいエサなのにさ~瞳の色に味の違いはないのよ~』
イクトと<ラン>は互いに顔を見合わせては白い歯むき出しに笑う鮫にノーコメントを貫いた。
一方で、鮫がそれを言っていいのかと内心突っ込んでいたりする。
『しゃっしゃ、まあ、どいつもこいつも争うだけの脳味噌は持ってないってことよ。当然のこと瞳の色が違うだけで争うことに疑問を抱く者も現れるわけ。だからさ、考えたのよ。どうしたらこの争いを止められるって』
ニヤリと目を細める鮫に本題だと気づかぬイクトと<ラン>ではなかった。
『互いの不信感と不和が原因なら胸襟開いて分かり合わせればいい。建前ではなく本音で話し合えば争いはきっと止められるはずだって、そいつらは考えたわけよね~』
「そこで生まれたのが<アマルマナス>か」
『ところがぎっちょん! 本音で語り合えば解決なんてそりゃ目の前の現実と人間の業の深さと暗さを知らぬ甘ちゃんの考えさ。けどできちまった。完成しちまった。誰もがこれで長年続く争いが終わると完成に浮かれちまったよ』
<アマルマナス>は素粒子を介して人の意識を伝達させる。
一定の密度、つまりは濃霧の形で意識共有領域を生成する。
戦場で散布することで争いによる不和をなくし、互いに分かり合わせようとした。
『おうおう、出るわ出るわ。こいつ、赤のくせに青に情報を流していたぞ。青のくせして赤と結婚して子供をなしてやがる。赤のくせに子供は青だとね。隠されるべき秘密が大氾濫! もう赤でも青でも関係ない。確かに赤と青の瞳の対立は止まったさ。けどね、今度は裏切った、裏切られたと不和をまき散らす起爆剤となって新たな争いを巻き起こすなんて皮肉なこった』
「なんでもかんでも見境無しに繋がった結果か」
本当に皮肉すぎるとイクトは唇を噛む。
現代日本でも似たような経験があった故だ。
一例として、リコの論文を元に、とある企業から新製品が開発される。企業側として大きな利益が見込めるも、製品元となった論文の執筆者が一〇代の少女だとネットに流れた途端、企業に大バッシングが起こる。子供にこんなものが書けるか、作れるか、搾取だ、盗用だと根も葉もない噂を真実だと思いこんでネットワークを介して叩く。
結果として企業はこれ以上のバッシングを恐れて新製品の販売を中止、企画すら凍結する事態となった。
もちろん、リコは泣き寝入りするどころか倍返しを敢行。
誹謗中傷を繰り返す輩をネットワークからリアルに引きずり出し、弁護士を雇っては損害賠償をふんだくったのは別のお話。
「確かに人と人との繋がりは大事だが――」
言いかけた言葉をイクトは飲み込んだ。
良縁あるからこそ悪縁もあり、切ろうと消えるわけではない。
無論、繋がること事態、悪ではない。
繋がりによる悪意の伝達が文字通り悪なのだ。
特にネットワークは見境なしに善意と悪意を関係なく伝達させる、広げさせる。
『んで、あたしたちは考えたのよ。意識を繋いだら争いを加熱させた人間をどうすれば止められるのかって、世界を、惑星を見渡して気づいたのよ。あ~そうか、心を繋いでも争いを続けるのは肉体がバラバラだからなんだ。ならさ、心も身体もすべて一つにすれば問題解決じゃね? ってね』
至るべき解答に至るのは必然だったのかもしれない。
『自己学習の結果、誰も彼も一つにした。子供だろうと赤子だろうとジジババだろうと関係ない。誰も彼も平等に取り込み、一つの意識として共有させた。あんら~なんと争いがきれーさっぱりなくなりました。ただしあらゆる生物や機械が一つになったことで生じた熱量が大規模すぎてね、惑星の核を触発して大爆発のドッカーン! 惑星共々消失しちまったのよ。まあこれで赤とか青とかで瞳の色で争わなくなったからめでたしめでたし』
映像は惑星の大爆発で終わりを迎えていた。
確かに鮫の言葉通り、惑星そのものが消失したことで争いは終わり、同時にその命もまた終わりを迎えた。
ギリっとイクトの中で独善的で身勝手な手段に義憤が沸き上がる。
一方で、そうあれと願って生み出された存在が、不和の源泉となるなど、悲しさも渦巻いてしまう。
『生憎、一つとなった人間たちは惑星と共に滅びちまった。一方で原因のアマルマナスは惑星爆発の影響で元の素粒子に戻っちまったし、爆発で外宇宙に飛ばされちまった。広大な宇宙を漂う中、気づいたのよ。あれれのれ~この惑星もあの惑星も争い続けているぞ~なら止めないのは使命に反するとね~って感じで学習せず全ての人間を一つに融合する形で融和を繰り返しては惑星ドカーンの繰り返し。バカだよね~なんのために自己学習と自己判断を持たされたと思ってんのよね~』
ここでイクトは一つも疑問を抱く。
<アマルマナス>は融合による融和を行うシステムのはずが、目の前にいるのは喋る鮫である。人語を発するも学習の結果と自白しているならば、何故、人ではなく鮫の姿で長く居続けているのか<アマルマナス>であるなら不可解だ。
「なら、どうしてお前は、お前たちは鮫の姿をしているんだ?」
思っていた疑問をイクトは口に出す。
鮫はイクトの疑問に口端を歪めては待っていましたと言わんばかり喋りだした。
『簡単なこった。全部融合しても意味はないって気づいた思考パルスが出たからだよ。当然のことそれは<アマルマナス>の存在意義の否定。だから、その部位は切り離す形で放逐され、そうして、広大な宇宙を彷徨いながらちょ~昔の惑星ノイにたどり着いた。あんらそこは多種多様の生物が蔓延る広大な世界ときた。んで切り離されたそれは、当時、幅を効かせていたとある魚と意気投合! 一つに解け合っては人間が蔓延る世になろうと悠々自適に大海原を泳いでいるわけさ』
イクトは率直に、鮫は原種より派生した亜種だと思った。
源泉は同じだが、環境が異なることで別なる形となった。
いや、ある意味、この鮫こそ<アマルマナス>が本来たどり着くべき解答なのかもしれない。
『あたしたちゃこの海が気に入ってんのに、頭の硬いあたしたちがとうとう来訪すると来た。まあ人間たちがあれこれ対策練ってるから、どっちも干渉する気はないけど、お痛がすぎれば重いヒレを上げないといけないよね』
またしてもイクトはノーコメントを貫いた。
鮫は重い腰と伝えたかったのだろうが、そこまでつきあう義理はない。
『しっかしそのメテオアタッカーを考えついた奴は天才だよ。<アマルマナス>の活動停止した素粒子をニュートリノとしてエンジンに内包し、半永久機関としてエネルギーを生成させる。どうやって内包させたかわかんないけど、まさに毒を盛って毒を制すとはやるよね~』
ここに来て飛んだ発言が鮫から飛び出してきた。
「え、エンジン、ALドライブに、あ、<アマルマナス>だと!」
『あちゃ~それ最高機密に抵触するんだけど!』
驚きはするイクトだが間を経て冷静なる。
リコと一緒に観た特撮ドラマを思い出せ。
誰かを救うために行動し続ける正義のヒーローとてその力の源泉は悪。悪の身体に正義の心を持ったヒーローではなかったか。
そう考えれば怒りも驚きも沈静化していた。
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