第15話 キミはどこに落ちたい?
度重なる被弾でアラートが鳴り響き、<ラン>は悲鳴のような報告を上げる。
『これ以上被弾すると自力で航行できなくなるよ!』
『はぁん、良いこと聞いたし面白いこと思いついたぞ!』
敵機からのほくそ笑む声はイクトの背筋に寒気の微電流を流させた。
これは死の恐怖ではない。
相手はただ殺すような真似はしないと直感が告げてくる。
『お前ら<翼>を出せ!』
その声に応えるように艦隊の一隻から光が放たれる。
それは翼だった。大型旅客機の翼だけが自力で航行している。
元来の翼と違うのはエンジンを積まず、翼の後方より光の粒子を噴出させていることだ。
『ぬあああああ! それはMA04<ペガスス>の翼じゃないか! 本体どこやった!』
データベースあり。
メテオアタッカー四号機、惑星間単独航行車両MA04<ペガスス>。
単体での惑星間無補給高速航行機として開発されたMA。
全MA標準装備である斥力推進システムだけでなく新開発の光波推進システムを搭載。
作戦現場への急行だけでなく全MAを同時に積載運航でき、カタログスペックでは一〇年間無補給で航行できた。
『ドッキングセンサー!』
<ラン>の驚愕を余所に<レッドラビット>からガイドレーザーが発信される。
そのまま車体後部と合わさる形で<翼>は一つとなった。
翼より光の奔流が溢れ出し、マグネット付きアンカーが<グラニ>の装甲に張り付いた。
「こ、こいつ何を!」
『そんなにぶっ壊れたらもう使い物になんねえし、かといって放置すればFOGに喰われちまってゲームがつまらなくなる。こうするんだよ!』
身体が加速を感じた時、イクトは目の前の光景を疑っていた。
小惑星群にいたはずが、青き惑星が存在を誇張するように輝いている。
「かなりの距離があったはずだぞ! それを一瞬で移動しただと!」
『それがMA04<ペガスス>の光波推進システムの力だよ! 最速を出せば光に近い速さで航行できる! その効果の割に燃費は良いし、システムは小型で画期的ときた!』
解説はありがたいが今イクトが<ラン>に求めるのは、この窮地からの離脱だ。
『スクラップはさっさと焼却処分しないとな』
アンカーのロックが解除される。
ゆったりと両車両の距離が離れていく。
惑星の重力が見えざる手として<グラニ>を掴み、青き惑星に引きずりこむ。
『じゃあな、次リスポーンした時にまた遊んでやるよ』
<レッドラビット>の<翼>に光が集う。
見届けることなく離脱するつもりだ。
だが<翼>はただ発光するだけで場に留まり、離脱するそぶりは見受けられない。
『くっそ、接合エラーだと! メカニックめ、仕事サボりやがったな!』
「<ラン>、ターゲット敵機と翼の接合部! 攻撃種類任せた!」
この発言をイクトは逃がさなかった。
すぐさま一矢報いてやると言わんばかり反撃に移る。
武装はほとんどが破損し使用不可能だが、まだ一つだけ生きていた。
『りょ~かい! 右側面機関砲、ファイヤー!』
装甲損壊により丸裸となった機関砲が火を噴いた。
たった一発の粒子ビームは吸い込まれるように天馬の翼を撃ち抜いた。
発射反動にて<グラニ>は大きく傾き、重力の井戸に飲み込まれていく。
一方で停滞にて的となった<レッドラビット>は、右側の<翼>を折られた反動でバランスを崩し車両を大きく傾けていた。
「へっ、ざまあみろ」
「ふん、そのまま燃え尽きろ」
互いの捨て台詞を最後に通信は途切れる。
<グラニ>の車体は嵐に飲まれた木の葉のように激しく揺さぶられ、灼熱色に染まる。
周辺大気が<グラニ>により圧縮され、瞬間的に二千度の気温まで上昇する断熱圧縮と呼ばれる現象であった。
このままではメテオアタッカーの通り<グラニ>は流星となって燃え尽きる。
当然のこと中のイクトと<ラン>も光となって終わる。
『車両内部温度急上昇! 各部での誘爆を確認! このままだと燃え尽きる前に爆散するよ!』
アラートがなお鳴り響く。
車両を立て直そうにも立て直すだけの推力を生み出せない。
単独での大気圏突入など想定されておらず、専用の耐熱装備もない。
無論のことただ燃えつき爆散するのを座して待つイクトではない。
車体がプラズマに包まれる中、全身にのし掛かる重力に歯を食いしばりながら、ノイズと亀裂だらけのカメラに目を走らせる。
暗き宇宙と青き海原の狭間にて掴む勢いで使えるものを探さんとする。
「あれだ!」
窮地を、いや大気圏突破を脱する方法を見つけ出した。
それは灼熱色に染まる天馬の片翼であった。
思い返すはリコと実験配信をした時の記憶。
「やっほおおお~! 今日はスカイダイビングしながら配信するよ!」
強風に煽られながら長い髪を振り乱すリコが映像に映り込む。
「ちょ~高いところから降下すればどうなるか、今回はその実験だ! あ~モルくん、そろそろ送風機止めて! ねえ止めてよ! あ~回る回る~ま〜わ〜る〜! うえええええええっ!」
スカイダイビングなど嘘である。
実際は吊されたリコが真下から送風機の風を受けてそのように演出しただけであった。
「とまあ、改めてここにあるはモルくんが作ってくれたプラモデル! 今人気で手に入りにくい人気のモデルをモルくんが苦労して買ってきてくれたんだ!」
送風機つき透明ケースに収められているのは人型ロボットのプラモデルである。
販売があると徹夜して並びに並んで購入した一品。
購入後、実験で使うからと休む暇なく組み立てた。
当人曰く、二度と並ばんし作らん! とのこと。
「ほら、君たちもテレビで見たことがあるだろう。大気圏突入とか突破とかのシーン。あれ燃えるよね。心とか機体とかさ。このプラモと送風機を使って、突入突破にどのような効果が出ているのか実験してみよう。ではスイッチオン、あれ?」
送風機が唸り猛るなり一瞬にして透明ケースごと吹き飛ばす。
天高く舞う透明ケースを二人揃って見上げたのも束の間、上がるだけ上がれば後は重力に引かれ芝生の上に激突していた。
「んぬ~しっかり固定していたのだが、ちぃと風力が強すぎたようだ」
リコからすれば風力の加減に頭を抱えているようだが、助手のイクトからすれば万が一、人に当たりでもしたらと内心頭を抱えていた。
「よし、ゆっくりと風を当ててみよう」
「最初から、そうしろ!」
イクトはつっこみとして送風機の最大風力をリコにぶつけていた。
凹凸少ない華奢な身体は三メートル軽く吹き飛ぶのであった。
灼熱色に染まる車内でイクトは叫ぶように指示を出す。
車内温度は最悪だ。
ソリッドスーツがなければ当に焼け死んでいる。
「斥力推進とアンカーは!」
『現状どっちも一回ぽっきりだよ! 高温でワイヤーが耐えきれないし、スラスタも一回吹かすと壊れちゃう!』
最初で最後のチャンスとなる。
『斥力推進で距離を積めて、ワイヤーで引き寄せるのを提案するよ!』
「頼む!」
細かな作業はバディポットの高い処理能力に任せるに限る。
この高熱の中、オーバーヒートせずに行えるのは流石だと舌を巻く。
失敗を許されぬ状況だからこそ、成功率の高い順序で行うべきだ。
『ドライバーの生命維持を最優先として、対象との相対距離を算出。斥力推進出力調整、イクト、ボクはこっちの調整に全ての処理を回すからワイヤーの射出をお願い!』
「任された!」
人とAIの役割分担である。全てが人間にできるわけではない。
かといってAIとて万能のシステムでもない。
人とAI、互いにできぬことを補い合う故に本領を発揮できる。
ちゃっかりマスター抜きとは抜け目ないが、この際だ。気にも留めない。
『カウントダウン省略、スラスタ稼動!』
最後のスラスタが稼動し、車両は激しく揺さぶられながら進路を変える。
変える中、高熱により晒され続けたことで装甲表面にプラズマが走り誘爆が起こる。
対象との距離が縮まるに連れて誘爆頻度は上がっていた。
真っ赤に燃える映像に不思議とイクトは冷静だった。
アニメで何度か見たことある大気圏突入シーン。
よもや自分が体験する身になるとは苦笑する。
「あの時、リコの実験では大気圏突入に当てはめれば、盾となる遮蔽物があれば断熱圧縮の悪影響を五〇%抑えられると出た! ならこいつを盾代わりすれば突破できる!」
決意を込めてワイヤーを射出する。
先端は折れた片翼に突き刺さり、そのまま巻き上げ機で引き寄せる。
ノイズと亀裂走るメインカメラに大きく映った時、ワイヤーは熱に耐えれずに切れる。
だが、その時には片翼の上に車体を乗せていた。
「後は、どうとでもなれだ!」
揺れは続こうと遮蔽物により車内温度は緩和されていく。
大気圏は突破できるだろう。
だが、減速が行えぬ為、この後、陸か海か、どちらかの激突が待ちかまえていた。
『後は任せて!』
<ラン>の電子アイが輝いた。
奇跡的に無事であったサブアームの一腕が折れた片翼を掴む。
折れた片翼に光が走る。
接触しているからこそ<ラン>が片翼のシステムと繋がり、再起動を促した。
折れようと翼は翼。
片翼は誘爆の煙を吐き出しながらも光の波を発し、その推力で減速を行う。
一条の星は燃え尽きることなく大気圏突破に成功する。
『さ~て~イクト、キミはどこに落ちたい?』
広大な大海原を眼下に<ラン>はマスターに要望を求めた。
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