第13話 あれはMA03!
三秒前まで何もなかった宙域に赤き機体が忽然と現れた。
宙を切り込む鋭角的なボディはレーシングマシーンをそのまま昇華させたフォルムだ。
車体前部にはドクロと割れた砂時計を合わせたエンブレムがあり、スポンサー広告にしては物騒だ。
コクピットはオープンではなく、しっかり密閉されている。
三対ある車輪は折り畳まれる形でボディに内包され、車体底部には二対の砲身を装備、目視ではそれ以外の装備を確認できなかった。
「<ラン>! サーチ!」
『もう終わってるよ! ALドライブの固有振動パルスから機種を特定! データベースに該当データあり! あれこれイジってるせいで外見とデータがミスマッチしたけど、あれはMA03! 超絶高機動型戦闘車両<レッドラビット>だよ!』
七機あるうちの三号機と早々に邂逅する。
仲間を探しに探し、助けに現れた、なら喜ばしいが、通信デバイス越しに伝わるノイズ塗れの哄笑は不快の傷口を広げていく。
『こいつ、無理矢理通信を繋げてきやがったよ!』
AIからすればノックもなく土足で家に入り込まれるようなものだ。
<ラン>はかなりご立腹な様子ときた。
『どう見ても聞いても迎えに来たって空気じゃないね』
<ラン>が電子音声にアラートを混ぜている。
機械が空気を読むのかとつっこみたいが後回しにする。イクトはバイザー裏に展開された<レッドラビット>のデータを閲覧した。
細部は確かに異なっている。データでは地上での高速走行を行うためタイヤは四つのはずが、実物は六つときた。
特に車体カラー。
データベースによれば元来のカラーはレッドと名が付きながら青。
メテオアタッカーは七機での作戦行動を前提としている以上、同色による混乱を避けるため、車体カラーが被らぬよう設計段階で取り決められていた。
『こら~<ウセ>、どうしてそんな格好になったか説明しなさい!』
呼びかけるも<レッドラビット>から応答はなかった。
「<ラン>、その<ウセ>ってのはまさか?」
『ボクと同じバディポットだよ。車両が高速戦闘だからこそ何よりも加速Gからドライバーの負担を如何にして軽減させるか、進行方向上の物体の軌道予測をメインとしたAIなんだけど、音沙汰がないなんて』
今なお<レッドラビット>のAIは沈黙を保つ。
イクトは素肌に走る緊張の微電流から嵐の前の静けさだと直感していた。
「<ラン>この後の展開は予測できてんだろう?」
『もちろんのろん』
イクトはハンドルを掴み、舌先で口端を舐める。
<グラニ>背面にある斥力推進機関が唸る。
従来の化学燃焼式推進機関とは異なり、斥力=遠ざけようとする力を利用した次世代推進機関。噴射炎や熱量を出さず、推進剤が不要となるため車体の軽量化と航行距離の延長に繋がっていた。
当然、<グラニ>専用ではなく全メテオアタッカー標準装備である。
『おいおい、どこ行くんだよ!』
<グラニ>を急発進による急旋回させたのと、<レッドラビット>から光が放たれたのは同時だった。
敵機の両側面からせり上がった機関砲より放たれた光は粒子ビーム。
威力よりも速さと弾数を優先させた粒子ビームの群は<グラニ>の左側面装甲をかすめ、小惑星に群を為して直撃。無数の着弾光を咲かせていた。
『あ~もう! おニューの装甲に傷ついたじゃないの! <ウセ>め、覚えておけよ!』
<ラン>の苛立ちをイクトは流しながら車体の損耗をチェックする。
電磁皮膜装甲を過信してはならない。あの装甲は対FOGであって対メテオアタッカーを想定していない。
開発者め、対メテオアタッカー戦を想定していないのは二流だとイクトはぼやいた。
『今のは威嚇だ! ぶっ壊されたくないならさっさとその車から降りて俺に寄越せ!』
<グラニ>は宇宙空間を駆ける。
いかなる原理で車が宇宙を駆けるのか、ハンドル一つで三次元移動ができるのかなんて疑問、抱く暇などない。
ただ握ったらでてきていた、それだけは確か。
アクセル踏むイクトの心臓はジェットコースターに乗ったとは比にならぬ緊張感と心拍数をあげてくる。
大気と重力がない宇宙空間は支点が定められない。めまぐるしく移動するからこそ太陽などの天体を支点に方向を定めたくとも定められず、全方位が小惑星に囲まれていることもあってか、前後不覚に陥ってしまう。
少しでもハンドル操作を違えれば真っ正面から小惑星に激突し車体ごとその身体を潰される。
今なお操縦を違えることなく小惑星に激突していないのは<ラン>が尽かさず周辺宙域をサーチしては進行方向上にある小惑星の位置や軌道予測を事前に報告してくれたからだ。さすがバディポット、仕事が早い。そういう仕事を待っていた。
「断る! こいつでFOGをぶっ潰すって約束なんだ! てめえこそ、いきなり現れて、寄越せとか何様のつもりだ!」
<ラン>のお陰で緊張は和らぎ、イクトは反論する余裕が生まれた。
メテオドライバー初心者マークのイクトにとって初めての運転、初めての宇宙空間である。シミュレートはしたが実戦は始めて。その最初の相手が人間、よりによって同MAシリーズだと思いもしなかった。
『はっはっはっ! トロいな! トロすぎる! なんだよ、そのスピード、同じシリーズのマシーンだとは思えねえ!』
高機動型に嘘偽りはなかった。
<グラニ>は最大加速でほぼ真っ直ぐに航行しているが、対して<レッドラビット>は小惑星の中を稲妻の如く機敏にかいくぐっては<グラニ>を追走する。
『後ろにつけられたよ! と思えば真横につけてきた!』
敵機は煽る。煽り続ける。
その光景はさながら稲妻が意志を持って縦横無尽に追跡しているようなものだ。
背後まで迫ったと思えば、急停止のち急加速しては左側面、接触ぎりぎりまで幅寄せしては煽ってくる。
と思えば真っ正面に張り付き、急停止しては急ブレーキを踏ませるのを誘発させ、イクトの心を揺さぶってくる。
完全に弄ばれていると、イクトは苦々しく奥歯を噛みしめた。
「宇宙でも煽り運転に遭遇するのかよ!」
『ほれほれ、今降りたら惑星ノイまで送り届けてやるぜ! まあ、操縦席は一人用だからお前は機体先端の特等席になるけどな!』
「あ~そりゃうれしいね! 機内食ならぬ機外食はあんのか! ファーストクラス並の料理は最低でも出してくれないとその話には乗れないぜ!」
『はぁん、負け惜しみが! 生身でもねえのに、落ちたら落ちたでその地点からリスポーンすればいいだろう!』
「リスポーンとか言っている意味がわかんねーよ!」
イクトは強く言い返すと同時、武装パネルを指で弾いた。
人命を奪う恐怖がハンドル握る手を震えさせようと、為すべき目的で己を奮い立たせる。
先に撃ってきたのだ。撃たれる覚悟はあるのだろう。
ならば躊躇する気もなければ加減できる状況でもない。
<グラニ>の両側面装甲が開き、中より機関砲が、次いで背部装甲からミサイルハッチが開き、無数の弾頭が顔を出した。
「<ラン>、ターゲットロック任せた!」
『オーライ! 敵機機動予測完了! 機関砲発射するよ! いいよね!』
「そっちは任せた!」
イクトと<ラン>。
ほんの先ほどまでミスマッチしていたとは思えぬほど息のあった連携を見せていた。
執拗なまでに後方から迫る<レッドラビット>に向けて<グラニ>より放たれた粒子ビームの群はただ暗き世界に光る道を描くだけに終わる。
『どこ狙ってんだ、へたくそ!』
「と、思うだろう!」
イクトが不敵な笑みで返した時には<グラニ>より無数のミサイルが一斉に発射されていた。暗黒の海を泳ぐ魚のように縦横無尽に駆け回り、どの一発も<レッドラビット>を避けては小惑星に激突、着弾の爆発を起こし小惑星の数を増やしていた。
『だからヘタクソだと、ぐうっ、なんだと!』
無数に砕け散った小惑星の破片が<レッドラビット>に降り注ぐ。
高速で航行していたからこそ、全方位から散弾の如く破片を浴びせられた車体は激しく揺られ減速を強いられていた。
『お前が散々追いかけ回してくれたお陰で、だいぶ宇宙での操縦のコツが掴めてきたぜ!』
『左右サブアーム展開! こっちも掴むよ!』
舞い散る小惑星の破片の中を突き破るように<グラニ>は<レッドラビット>に急迫する。
『車体ぐるりと反転!』
<グラニ>が<レッドラビット>の真上につくなり車体を反転させる。左右のサブアームが伸び、敵機を掴み取った。
ガチンと互いの天井がぶつかる音が車内に響く。
これでは足りぬと直感したイクトはコンソールに指を走らせては軌道補正用ワイヤー付きアンカーを手頃な小惑星に向けて射出する。フロント部より放たれたアンカーは基部にロケットエンジンを仕込まれ、小惑星の一つに突き刺さる。
後はアンカーを巻き上げては<レッドラビット>を小惑星と<グラニ>にて挟み込む形で押さえ込んだ。
さらに逃がさぬと発射反動抑制アンカーを車体裏から射出。小惑星に先端を深く食い込ませる。
『このボクを散々追いかけ回してくれたね<ウセ>! 黙りを続けるならキミの中(システム)をこじ開けさせて聞くまでだ!』
一対の電子AIを強く明滅させながら<ラン>は接触による強制システムアクセスを敢行した。
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