第2話 なんだこの黒いのは?
コメント覧では――
『ワッシー轟沈!』
『あーこれ死んだか? なむさん』¥七六三。
『ごきゅ!』¥五五五。
『首が折れる音』¥九一三。
『今回は横に飛んだか』
『ざっと目測で一メートルだな』¥一〇〇
と和気藹々に溢れていく。
そう、これこそ視聴者が期待していたこと、待ち望んでいたこと。
配信タイトル通り、実験がお目当てで視聴する者もいるが、その大半がワッシーとモルくんのどつき漫才を期待しているのだ。
曰く、ボケとツッコミが成り立っている。
どんな因果応報が来るか楽しみだ。
いやいやどんな悪戯だろう。
幸いなのは、どつき漫才が暴力的と運営側から認定されることなく配信を続けられていることだろう。
「今日という今日はどっちが実験される側か、その身に教え込んで、ふぎゃあああああっ! 回すな~! 頭を回すのはボクの仕事だが、誰がボクを物理的に回す奴がいるかああああああ!」
「お・れ・が! い・る! だ・ろ・う・が!」
次いで画面に大写しとなるのはモルくんのジャイアントスイング。
ワッシーの両足首を掴んで竜巻の如く大回転だ。
髪が長いワッシーだから巻き起こる旋風で乱れに乱れ、絶叫がする。
当然のこと――
『なんでスカートじゃないんだよ!』
『回せええええっ!』
『ヘイヘイヘイヘイ!』
『ゴ~シュ~ト!』
『あんだけの回転で眼鏡が飛んでねえぞ!』
『そりゃバンドで固定して身体の一部にしているからだよ!』
コメント覧は大盛り上がりのフィーバー状態。
だからか、画面脇の異変に配信者どころか視聴者は気づかなかった。
「ふぇ?」
「なんだ?」
最初に気づいたのはワッシーとモルくん。
事態を察してか、ジャイアントスイングの回転を徐々に緩めていく。
ワッシーの足首をがっしり腰元で押さえて逆さ吊りとしたままモルくんは停止した。
「おい、ワッシー、お前、今度はなにやらかした?」
「はい? そりゃ他に仕込んではいるが、うぎゃ~揺らすな! これ以上揺らされると君の作った弁当が出てしまうだろう!」
「と、容疑者は抗弁しております」
ワッシーを左右に揺さぶりながらモルくんは怪訝な顔をするしかない。
それはバスケットボールが通るほどの黒い穴であった。
何もない空間にぽつんと黒い穴が穿たれていた。
「なんだこの黒いのは?」
「あぁ? お前でも分からないのかよ?」
「ふむ~」
ワッシーを逆さに抱えたままモルくんは黒い穴の周囲を巡る。
ぐるりと見渡そうと、ただそこに黒い穴があるだけ。
ただあるだけ。
「さっぱりわからん!」
天才は、ずれた伊達眼鏡をかけなおしながら早々に結論づけた。
観測機器もない。直に手を触れた訳でもない。中に石を投げ込んだわけでもない。ただ目測だけで結論づけたのは本当に分からないからだ。
分からないことを実験と実証を重ねることで紐解き、解明するのが科学なのだが、紐解こうにも糸口が掴めぬため分からないし、手のつけようがない。
「試しにお前でも放り込んでみるか?」
「奇遇だなモルくん。ボクも君を放り込んでみようかと思っていたところだよ」
互いに笑いあうが目はまったく笑っていない。
次いで互いに目配せすれば、モルくんは逆さ吊りにしていたワッシーを脇に抱えるなり血相を変えて走り出した。
「「逃げろおおおおおおおおおおおっ!」」
さっきまでどつき漫才をしていた仲とは思えぬほど意見が一致していた。
本能で感じずとも分かる。あの黒い穴は危険だ。ホラー映画に出てくる正体不明の名前のない怪物のようなものだ。
要は解明不能たる存在が目の前に実在していた。
「おおおおい、なんで前に進まないんだよ!」
「答えは単純だよ、モルくん」
ただ配信にはモルくんが両足を忙しなく動かすシーンしか流れない。
足下がベルトコンベアーになったのか、ただただ後方に少しずつひっぱられていた。
「あの穴に引き寄せられているからだ!」
「原因分かってんならどうにかしろ!」
黒い穴はただそこに存在しているだけ。
人間二人を引き寄せているが、何故か、配信機材どころか草の葉一つ吸い込んでいない異常な光景が配信されていた。
「なんだこの吸引力は? ブラックホールと仮定してもそれなら一瞬で吸い込まれているし、周囲が重力場で歪んでいるはずだ。それなのに歪みすら一つない。指向性の持った重力波だと仮定すれば……」
「暢気に分析している暇あるなら打開策を出せ!」
「何を言うか、打開策を出すためは分析が、ひつよ――」
ワッシーはこれ以上、発声することはなかった。
モルくんもまたこれ以上、駆け続けることはなかった。
二人揃って黒い穴に吸い込まれ――消えた。
ただ残されたのは配信機材と、セットされた実験器具のみ。
生配信は続いている。
機材は止まることなく現場の映像を配信し続けている。
コメント覧には――
『やりすぎだろう』
『生配信にCGを違和感なく混ぜるとか上手いな』
『二人揃って消えたけど、どうせカメラの反対側にいるんだろうぜ』
などと演出だと誰もが気楽に受け止めていた。
この日、二人の人間が本当に消えた。
ワッシーこと
モルくんこと
配信を現場で生見学していた者たちの証言もあり、演出ではなく本当に消えたことが判明した。
また運営側は悪質なフェイク動画としてワッシーチャンネルのアカウント凍結処分を下す。
消せれば増えるネットの法則の通り、二人が消える瞬間の動画は今日も一種の都市伝説としてどこかで拡散され続けていた。
当人たちの安否を露とも祈ることなく――。
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