第133話 ストーカー


 改めてアンジュのストーカーという男を横目で観察する。


 身長は俺よりも少し高くドルファやランジェさんと同じくらいで、茶色の髪に整った顔立ちに特徴的なホクロの位置。個人的な感想としてはドルファやランジェさんほどではないが、イケメンと呼ばれる部類に入るだろう。


 ……最初にアンジュからストーカーの話を聞いた時には、勝手な偏見でキモくて太った男だと思ってのだが、まったく違っていたんだよな。


 服装は普通の街歩きの格好をしているが、最近はこのアウトドアショップでも冒険者以外のお客さんがよく来るようになったのでそれほど目立ってはない。


「いらっしゃいませ。はい、インスタントスープはこちらの棚になります」


 他のお客さんの接客をしながらも、意識は常にストーカーに向けている。


 ストーカーの男は店の商品を見るふりをしながら、こっそりと店内の人を観察しているようにも見えた。


 そしてしばらくの間、店内をうろついて、何も購入せずに店をあとにした。






「とりあえず今回は何もしてこなかったか……」


「しかし、店内をいろいろと確認するように見て回っていたぞ。それに、アンジュのほうをよく見ていたようだな」


「そうだね。結局商品を何も買わなかったし、明らかにお客として来ている様子じゃなかったよ」


 結局今日ストーカーの男は暴れるわけでもなく、アンジュに接触するわけでもなく、何もせずに店をあとにした。


 今は無事に店の営業を終えて、みんなで緊急会議をしている。ちなみにドルファには少し離れたお店へ買い物に行ってもらっている。


「う~ん、またこの店にやってくる可能性も高いな。とりあえずみんな顔は覚えただろうから、また来店してきたら4番を使って知らせてね」


「ああ、了解だ」


「あとはないとは思うけれど、しばらくは家から往復までの道のりも気を付けたほうがいいね。ドルファには最近この辺りで不審者が現れたと伝えて普段より警戒してもらうことにしょう。ランジェさんには悪いけれど、今週は朝フィアちゃんの迎えをお願いするね」


「うん、もちろんだよ!」


「ランジェお兄ちゃん、ありがとう!」


 さすがに他の従業員に手を出してくるようなことはないと思うが念のためにだな。一応今日は普通に店に来ただけのようだったが、ストーカーとは何をしてくるか分からないところがある。


「みなさん、本当にご迷惑をおかけします……」


「アンジュさんが謝る必要はないよ! 悪いのは交際を断ったのに執拗に迫ってくる相手のほうだからね! 大丈夫、みんな君の味方だから!」


「ランジェさん……ありがとうございます!」


 ランジェさんがものすごくいいことを言ってくれたな。そう、悪いのはアンジュではなく、相手の男のほうである。ランジェさんも女にだらしないところはあるが、女性のことを大事にしていることは間違いない。


「そうだよ、アンジュが気にする必要はまったくないからな」


「うむ、私達に任せてくれ!」


「フィアはあんまり力になれないけれど、みんなの分までお仕事をいつも以上に頑張るね!」


「はい! みなさん、本当にありがとうございます!」






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 アンジュのストーカーの男が店に来てから2日が経過した。その男は昨日も一昨日も昼前ごろにやってきて、店内を少し回ってから何も購入せずに退店していくのを繰り返していた。


「なにがしたいのかよく分からないな」


「アンジュを気にしているのはおそらく間違いないのだろうがな」


 いつものお店の営業が終わり、今はリリアと一緒に冒険者ギルドへ寄ったあと、市場に寄ってからお店へと帰宅するところだ。


「相変わらずアンジュへの視線に敏感なドルファがそろそろ気付きそうだし、来週はランジェさんもいないことだし、何も商品を買っていないことを理由に出入り禁止にしたほうがいいかもしれないね」


「そのほうがいいかもしれないな。どちらにせよ、商品を買わないようであるなら客として扱う必要もないだろう」


 幸いストーカーの男は店に入っても一度も商品を購入していないので、かなり強引だがそれを理由にうちの店への出入りを禁止してもいいかもしれない。


 疑わしきは罰せずが基本の元の世界とは違って、命の危険のあるこの異世界では危険はできる限り排除しておきたい。逆恨みをして店のほうに何かちょっかいを出してくる可能性もあるが、アンジュのほうに何かされるよりはいい。


 一応今日冒険者ギルドに寄った時、ライザックさんとパトリスさんにはストーカーの男のことを軽く伝えておいた。以前にも話を通しておいたし、これで何かあった場合には力を貸してくれるだろう。


「……テツヤ」


「えっ!? ちょっ、いきなりどうしたの!?」


 なぜか突然リリアが右腕を俺の左腕に絡ませて、腕を組んできた。


 こ、これは恋人とかがやることじゃないのか!?


「……振り向かずに聞いてくれ。後ろからひとり、私達の後を追ってきている者がいる」


「……っ!? わ、わかった」


 そんな甘い展開ではなかった!


 なんだ、後ろにいるやつに声が届かないように近付いてきただけか!


 一気に冷静になって、リリアに言われたとおり、後ろを振り向かずにそのまま歩いた。


 よく後ろを向かずにそんなことがわかるな。しかしなんでアンジュのほうではなく、俺とリリアのあとをつけてくるんだ?


「……どうやら他に追跡者はいないようだな。足の運び方から見ても素人だ。おそらくは例のストーカーの男だろうが、このまま進んで店の手前まで連れていくか?」


「……そうだね、ひとりなら問題なさそうだ。でも何かあったらすぐに逃げよう。店まで行けばランジェさんもいるからね」

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